夜、しっかりと雨が降った翌朝、ワルツさんが温めてくれたミルクを飲んだあと、僕は森に出かけた。そこにあのミルクの配達人のカトリーヌがいた。森の入り口の人面草のすぐ傍らに座って本を読んでいた。
今日も黒いスカートにホウキみたいな黒髪で、僕はぞっとしたよ。ゴエモンコンブの化身みたいだ。膝まである編み上げのブーツは壊れていて靴底がしゃべり出しそうにカパカパ音を立てている。
僕は気づかれないように、カトリーヌの後ろのほうに回った。
織り込められた金色の糸銀も光
青と漆黒と黒
夜の闇と太陽と夜明けの色
織り込められた天国の色
そんな天上のクロースを僕が持っていたら
君の足元に広げたい
僕は貧しくて僕が持っているとしたら
そんな夢ばかり
どうか僕の夢にそっと足をしのばせて
僕の夢なのだから
天上のクロースをそっと踏んでほしい
カトリーヌが声に出して読んでいる。僕の好きなイエーツの詩だ。
カトリーヌの声は雨となって僕に降ってくる。温かい金色の輝く雨の粒となった色とりどりの詩はカトリーヌのネックレスになり、カトリーヌの漆黒の髪が傘となりレースを作った。
僕はそっと黒い森をあとにした。
黒い森で会った次の日、カトリーヌはミルクを届ける場所をトリトマラズの木の根っこから緑の扉を開けてすぐの床の上に変えた。
「じいさん、リュシアンはどこにいるの」
「あそこじゃよ」
とワルツさんは僕のほうを指さした。
ミルク瓶のこすれる音が聞こえたから僕は机の下にもぐり込んでいた。
どうして隠れたのかな、自分でもよくわからない。
その時、唐突に大きな音を立てて重い緑の扉が開いた。