二十三
社会不適合者である修作がここまで生きてこられたのは、ある意味奇跡的なことだ。 それでも生きられることを、修作によって証明されたようでもある。同じく不適合な方に勇気を与えるではないか、………なんてたいそうなことでもない。ただ、修作から見たら、適合している人のほうが尋常ではないものを感じてはいる。
朝のラッシュアワー。満員電車で毎日毎日押し込められて会社に行く、あの光景は慣れを越えたもっと根本的な適合者であり続けようとする人間の、業を見てしまう。業を捨てたらば、人間はもっと気楽に生きられるのではないか。捨てられないから業なのだが……。
二十四
赤い部屋がブヨブヨの柔らかな壁になり、かねがね何度も修作にしたように迫ってきた。どんどんそれはふくらみ、修作の行き場をなくしてしまう。あえぎながらそのふくらむ壁に修作は躰ごと押し返すようにしてみるがまた元に押し返されてしまう。
ああ、このままでは窒息する。なんとか口だけは確保しなければならない。が、柔らかな壁はすきまを開けた口元の空隙すらも侵入し塞ぎにかかる、ゆっくりと、苦しい、呼吸がまさしく呼吸が、と悶え苦しむところで、覚まさない目が覚めた。
壁は柔らかくなってはいない。柔らかくふくらんでもいない。額の寝汗をふきながら固い壁を見つめた。こんな夢ばかり見る。何かの抑圧、圧迫を彼に知らせているらしい。呼吸ができない杞憂に血の気がひいた。
二十五
風景はぼやけて淡くにじみ溶けていく。過去もまたその風景の中ににじみ溶けだす。嘆息と長い沈黙の時が流れ、あさはかな判断と決断の果てのあの時この時どうしてあんな選択をしたのか今となっても答えなど出はしない。塗り替えることができるなら、真白な絵の具で塗り替えてしまいたい。
折々の重なりと連なりに修作は修作を演じてきたけれど、本来修作はそれが修作なのかわからない。戯れのざれごととしてのみ修作は修作だったと……冷たい雨が街を凍らせる。冷え冷えとした屋根の連なりがひとつになり黒い穴と化し、その穴の向こうに過去が呪いのように浮かび上がって……。