あなたがいたから
さとさん
ある時、親猫が玄関にいるなと、そっと見ていた事がありました。すると雄の子猫が親猫の前にいたのです。何やら向かい合って、座っていたのです。
「何をしているのだろうか」
と、疑問に感じた事がありました。親猫が子猫をじっと見つめて、何かを伝えている様に見えました。私には、おそらく何か説教をしている様に思えたのです。親猫の子猫を見つめる目は、厳しいながらも、優しさがにじみ出ていたなと思い出しました。
野良猫達の性格も、人間と同じでさまざま、甘え上手だったり、気が短かったり、臆病だったり、懐っこかったりと、毎日お世話をしていると、それぞれの猫を見ているだけで、とても楽しかった事を覚えています。
当時彼が、夕方仕事から帰って来ると、玄関前にずらっと並んで座り、お出迎えという感じでした。十二、三匹の猫が全員でお迎えするので、玄関前は大変賑やかな状態になっていました。でも「ニャー」とも声は出しません。遠くからじっと見ているという感じでした。きっと「お帰り」と、言いたかったのでしょう。
彼も猫達に迎えてもらい、
「みんながお出迎えしてくれたよ」
と、当時とても嬉しそうに話していたのを思い出します。その様な毎日も、近所の庭で亡くなっている猫を見たり、ある時は道路で車にひかれていたりで、一匹、二匹といなくなり、とうとう最後の猫が、八、九年前に亡くなり、すっかり寂しくなってしまいました。
又野良猫は、自分の死が近いと分かると、何処かに急に行ってしまうという事も分かりました。特に一番懐っこかった黒の野良猫が、二軒隣の庭で亡くなっていた時は、ショックを受けました。寒がりやの雌猫で、唯一「ニャー」という小さな声を出す猫でした。
冬になると、皆とご飯を食べに来て、一回外に出て再び「ニャー」と小さな声を出し入って来て、彼が寝ている部屋の隅で、毛布とシートに包まれて朝まで寝ていき、「私は寒さが嫌いなの」と我々にいかにも訴えている様な可愛い猫でした。朝方「ニャー」と、小さな声で鳴き起こされ、しかも眠い時間に起こされる為
「何とかならないのか」
と、彼は文句を言っていたのです。
しかし自分を信用し寝ていってくれる猫に対して、次第に可愛くなってきたらしく、文句どころか、自分が外に出してやっているのだという気持ちに変わっていった様でした。黒猫も、朝方で悪いなという感じで、申し訳なさそうに小さな声で鳴き、彼がよく寝ていると、暫くは隣で、じっと待っていたそうです。この時、猫にもこの様な感情があるのだと、初めて知りました。
野良猫達が、決して「ニャー」と声を出さないのは、声を出す事で、ご飯をくれる人に迷惑がかかるという事も、又声を出す事で、自分達もご飯をもらえなくなるという事も、分かっているかの様でした。自分で自分の立場を分かっているかの様で、
「偉いなー」
と感心したものです。