何とかせねばと他3名のルームメイトが団結した。盲腸の術後で動けない20代はそのままベッドの上で考えることに参加、50代の術前のちょっと元気なおばさんと術前の私が動き出した。
「病院の売店は閉まってるが病院の隣は洋服屋。着替えになるものがあるはず、行ってこよう」
私が服に着替えてスリッパから靴に履き替えたところ巡回看護師が部屋に入ってきた。
「どうしたの?」と聞くなり部屋の様子を見れば一目瞭然だが説明をする。
「今から洋服屋に行ってきます」
「分かった。とにかく落ち着こう。ここは病院だから、着替えもある、大丈夫」
「ああー。そうだった」3名は我に返った。
「そうですよねー、おっしゃる通りでした」とすぐに頭を切り替えた。
看護師はテキパキとあっという間に、身の回りの世話や片づけをした。
日中、病室の4名でたくさん話をしていたので、愉快なおばあさんのピンチに年代の違うメンバーだが妙な仲間意識が芽生えて、瞬時に何とかしようと結束できた。
愉快なおばあさんの病気の辛さがほんの少しだけ分かった気がした。いや簡単に分かったとは言ってはいけない。病気はなってみないと分からないことが山ほどあるのだ。
その後も愉快なおばあさんのユーモアは続いた。
食事タイムでは皆が口を動かすのでおしゃべりが止まるが、愉快なおばあさんは水分だけなので元気に良くしゃべる。
「みんなは米粒があっていいね、私は汁だけ。具は自分の目玉が映っているだけよ」
実にうまいことを言うもんだ。一杯の汁をゆっくり飲みながらも、周りのみんなに気遣いながら笑い声のある食事タイムにしてくれる。みんなが笑うと愉快なおばあさんが誰よりも良い顔になっていた。
がん専門病院で手術した人から聞いたが、同じ病気の人ばかりなので大部屋では先に入院している人が後から入ってきた人に退院までの見通しを教えたり世話をすることもあると聞く。
病室のメンバーは同志のように痛みを共有できることもあるようだ。
私の場合は違う病気のメンバーだが、皆元気になり退院していったので貴重で楽しい病室の思い出だ。
人を笑わせ楽しませ緊張をほぐし、場の雰囲気を明るくする愉快なおばあさんは魅力的な人で、その魅力の源は人を好きになることだと分かった。若手のカッコイイ外科医を相手に「私のセンセ」と私物化して、見かけるとつかまえてはいつも明るく楽しく話をしている。
ユーモアがありS・KさんのTV番組にでてくる「Hばあさん」にそっくりでした。