新たな家族の絆
父が他界した後、秀一は、母への振る舞いが、自分でも自然であることに気づくのである。
以前の秀一は、仕事一筋で一家団欒の輪に入ることはなく、家族との会話もどこかよそよそしかった。
しかし今は違う。目を合わせる時も、会話をする時も、食事をする時も、いつもごく自然の自分がいる。
父が亡くなったあの時、母と妹の肩を抱き、共に流した涙が、母・妹との絆を繋ぎ合わせてくれたのだ。これこそ、父からのプレゼントなのだと秀一は思うのである。
四十九日が過ぎたある日のこと、妹の真理亜が、「紹介したい人がいるの」と言う。母と秀一は緊張しながらその時を待った。なんと、その男性は、秀一と同じ職場の部下であった林君なのである。林君は、「真理亜との事の次第を聞いてもらいたい」と言う。秀一も母もそのことを是非知りたいと思っていたのだ。
林君は話し始めた。尊敬する秀一にどうしても話を聞いてもらいたくて自宅に電話したのがきっかけであったこと。電話に出た真理亜から、秀一が旅をしていると聞き、ショックを受けたこと。動揺していることが真理亜に伝わり、直接会って話を聞かせてもらうことになったこと。真理亜と秀一は連絡を取り合ってはいるものの、直接会うことができず、この先への不安が募り、その後も会うようになったことを、時折真理亜と目を合わせて語るのであった。林君は続けた。
「会うたびにお互いどんどん魅かれ合う気持ちが強くなり、ああ、この人と結婚したいって、そう思うようになったんです」
真理亜と見つめ合う林君。二人の笑顔に、秀一は目を細めて、母と喜び合うのであった。林君は、秀一のことを先輩と呼び、文部科学省時代の思い出話をしてくれた。
「先輩は、ビジョンが明確で、忖度なしに物事を進めるタイプ、プロセス評価ではなくアウトカム評価をしましたよね。そのお陰で、スタッフ間での結束が生まれ、生産性がどんどん上がったんです。厳しくて苦しかったけど、楽しかった。これ、異口同音ですよ」
「そうかあ、忖度なしだったなあ俺。忖度をネガティブなもんだと勘違いしていたな。本来の忖度とは、もっとポジティブなもののはず。今頃気づいても遅いよな」
今の秀一は、あの頃に感じていた自己否定の気持ちを完全に払拭していたのだ。林君が家族になる。秀一は、いつになくうきうきするのであった。