第一部 カフェ「MICHI」が誕生するまで
高まる気持ち
車を走らせて1時間あまり経過した頃、目的地に着いた。駐車場から、急な階段を降りると、そこが、にこ淵。限りなく透き通った青に秀一は思わず息をのんだ。そこは神が住むとされる神聖な場所なのである。
「日本にもこんなに素敵な場所があるんだね」
驚きの声を上げる秀一に、優香が微笑み返した。秀一は、優香といる幸せを、しみじみと味わっていた。
絶望―言えなかった一言
にこ淵で、また二人で出かけることを約束した。食事をしたりドライブをするなど楽しい時間は過ごすものの、秀一は優香に愛の告白をしないままであった。俺の気持ちは、優香に十分届いているはずだと信じて疑わなかったからである。
1年あまりの月日が流れた頃、優香は、積極的に行動してこない秀一の気持ちを量りかねていた。好意を持ってくれているサインは感じることができるが、本気なのかどうかわからないでいた。
秀一への気持ちが高まる優香は、ある賭けに出ることにしたのだ。その頃秀一は、優香への気持ちを固めていた。今買える額で最も気に入った指輪を用意して、足摺岬に出かけるのであった。〈足摺の海でのプロポーズ、なんて素晴らしいシチュエーションなんだろう〉。秀一は言い出す機会を見計らっていた。
「あの」
優香と秀一が、同時に発した言葉。
秀一はすかさず「優香さんどうぞ」。
優香は、「秀一さん、実は他の男性から、結婚を前提に付き合って欲しいと言われているの」。
優香の思いもかけない言葉に、秀一はぐっとつまって思わず口走ってしまった。
「そうなんだね、それはいいじゃないか」
優香は何かを言おうとしたが言葉にならない。ただ「秀一さんは何か?」と言うのが精一杯であった。
「いや、たいしたことではないよ」
秀一は、何度も繰り返し練習したプロポーズの言葉「結婚して下さい」の一言が、どうしても言えなかったのである。