第一章 晴美と精神障がい者

「なぜ、我が社で働きたいのですか」

編集長と編集次長が晴美の心を探っていた。『ゴウジャイ』というタウン誌の会社の六畳ほどの応接室で、茶褐色の布張りソファーに三人は相対して座っていた。

「理由なんか強いてないんです。私は御社が気に入ったのです。私の直感です」

二十二歳の晴美は十歳の少女のように瞳をきらきらと輝かせていた。

晴美は身長が一六〇センチほどであり、体重だって六二キロだ。太ってもないし、痩せてもいないが、どちらかというと、がっちりとした体格である。ライトイエローのスーツをうまく着こなしている。

顔は丸みを帯びた色白の童顔で実際の年齢よりも五歳は若く見える。そんな外観は、営業という熾烈な職業には押しが弱い感じを与えた。

編集長は五十歳ぐらいでまだらだが白髪が目立つ。眼光が鋭く、晴美の内面に秘めている燃えるような闘志をしっかりと見抜いていた。

「井意尾さん、あなたは販売士二級の資格を取得していますね」

「はい、営業職に有利だと思ったからです」

「その着眼点は鋭いですね。しかし、我が社はとても厳しいですよ。それでもやってゆく自信はありますか」

編集長の目が一瞬光った。

「どんなふうに厳しいのでしょうか」

頭で描いてきたぼんやりとした厳しさとどう違うのか、晴美は確かめるために訊いてみたのだ。

「いや、それほどでもないですよ。ただノルマがあって、給料の三倍は広告を取ってもらわないと困るのです」

「お給料の三倍ですか。それなりに厳しいノルマですね」

晴美は予想通りと言わんばかりに言った。

「昔は、我が社は男社会でしたが、最近は女性も活躍しています。まあ、販売士二級の取得はとても私は気に入りましたよ」

編集長はにっこりと顔を綻ばせた。

「ありがとうございます。就職できましたら、精一杯頑張ります」

編集次長は二人のやりとりをただメモを取りながらもの静かに聞いているだけであった。

手応えを肌で確実に感じた晴美は、立ち上がって丁寧に頭を下げた。

二週間後、案の定、正社員として採用するという内定の通知が送られてきた。

就活のときは暦の上では八月下旬で、道路上の空気は陽炎のように波立ってるほど灼熱の暑さの中であったが、九月に入り、相変わらず暑さは引っ込まないが、朝晩はほんの少しだけ涼風がそよぐようになった。

そんな季節の中で送られてきた内定の通知に、晴美は飛び跳ねんばかりに心が踊った。両親、そして、同居している兄や姉にも見せた。彼らは晴美が入りたかった会社だったことを知っているゆえに、心底喜んでくれた。

「よかったね、晴ちゃん、これからが晴ちゃんの人生なのよ」母親の喜びようは尋常ではなかった。

こうして晴美は大学四年の秋の初めに、内定通知を得、残りの大学生活を心おきなく、謳歌したのであった。