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晴美はタウン誌『ゴウジャイ』(タブロイド判30頁)が20部ぐらい入るA3ほどの大きい鞄を、前籠に置いて自転車を引いて歩いている。新芽が若々しいツゲの生け垣を通り越す。
ここは東京都の多摩地区に位置するO市の街の中心部だ。左右の店の真ん中に走っている道路は道幅が十メートルほどあり、二車線だ。車体の脇腹に「冷凍食品」と目立つように大きく書かれたトラックや引越用のトラック、乗用車が整然と走っている。それらは「ブー」「ガタン」など、辺り構わず我がもの顔に大きな音を引き連れている。
朝の、午前十時頃の活気あるいつもと変わらぬ景色である。
晴美という一人の女性が自転車を引いて歩道を歩いていようがいまいが、この世の動きとは無関係で、その動きが突如止まることはおそらくない。
晴美は自分の存在の小ささに虚無感を覚えざるを得ない。が、晴美は就職したばかりだ。そんな負の気持ちを空高く舞い上げるほどの期待感で胸がいっぱいだ。
母の言う通り、これからが私の人生だ。私は自分の足と頭でこの世の中を一歩一歩かみしめて歩いていくのだ――。
晴美の描く人生は朱の色で染められている。自分のやりたい職業に就けたのだ。これを土台に階段を一段、一段、上っていくように進んでいく。
そんな思いを心に抱いて、晴美はどの店へ入ろうかと物色していた。しらみ潰しに入ればいいのだが、まだそこまで晴美には度胸がついていない。広告を出してくれそうな店を彼女なりに判断し、いわば店構えをじっくりと凝視していた。
中川営業部長は何回も訪ねていくとよい、と言った。晴美にはその意味が分からない。どのように何回も行くのだろうか。煩がられるのではないだろうか。
そんな考えが浮かんでは泡のように消え、また浮かんでは消え、それでも中川の言葉に大きな意味が含有されているのに違いないと80パーセントは晴美は信じているのだ。
さあ、勇気と度胸を全面に打ち出して、店へ入ろう――。
右側の店の入口を見て回る。端までいった所で横断歩道を渡って左側の店を見る。左右合わせて二キロはあるだろうか。
自転車を引く肩にずっしりと錘のように堪えてくる。しかし、ここで疲れたとは言えない。私はまだ何も行動していないのだ、と晴美は思った。