そして心に鬼が棲すみついた。かつての優しかった父の姿はもうなかった。
些細なことにもすぐに怒り、手が出た。幼かった妹はともかく、標的となった私は、いつ父が怒り出し鉄拳が飛んでくるかと怯えながら、毎日を過ごさねばならなかったのだ。九州女の気丈な母は、それでも何かあれば父に意見した。すると母にも平手が飛ぶ。その暮らしは幼い私にとって、出口の見えない恐怖の世界だった。
あるとき父から、竹田の町の建材店まで行って、はいだ皮をくくるための材料を買ってくるように言われたことがあった。何度か父に連れられていった店だが、一人で行ってこいという。しかも金はない。ツケで買ってこいというのだ。
イヤだと言えば殴られる。父の言葉には従うしかなかった。たぶん小屋を出たのは昼過ぎのことだったと思う。私は一人で山を下りていった。道らしき道もないような山の中を脇目も振らずにただひたすら歩き、二時間くらいかかっただろうか。
やっと竹田の町までたどり着き、目的の建材店を見つけて店に入った。事情を話すと、「よく一人で来たね」と言ってくれて、お金を持たぬ私に商品を渡してくれた。その優しさに涙が出そうになった。