第1章 小さな政府と[民活] ――民事訴訟を促して社会問題を解決
「悪質な行為」を罰する「懲罰的損害賠償」
もともと同じような制度は英国にあり、18世紀、米国の独立時に英国の判例法(コモン・ロー)とともに米国に移入されました。英国ではその後、民事訴訟での陪審制は廃止され、「懲罰的損害賠償」の認定は裁判所が行うようになって限定的に適用されるようになっていったのに対し、米国では陪審制は維持され、むしろ独自に発展していきました。
18世紀、米国で「懲罰的損害賠償」が課せられたのは主に個人の「悪質な行為」でした。19世紀になって工業が急速に発展すると、安全管理を怠って列車脱線事故を引き起こした鉄道会社に対して適用されるなど、企業が対象になっていきます。
20世紀初頭には、鉄道建設で岩盤を取り除くため、ダイナマイトの爆風で民家を吹き飛ばしてしまった会社に「懲罰的損害賠償」が課せられています。事前に危険に気づきながら安易(かつ安価)な方法を採ったことが「悪質な行為」とされたのです。
現在も米国では、「懲罰的損害賠償」は陪審制と密接に関連して運用されています。
「懲罰的損害賠償」を課すかどうかの認定だけでなく、その具体的な金額の算定基準も、裁判官のアドバイスのもとで陪審員が決定することが一般的です。そのため陪審員が被害者に過剰に同情し、驚くほど高額な賠償額が評決されることも珍しくありません。
そこで、「懲罰的損害賠償」を制御する仕組みが必要であるとか、賠償を課される被告にも権利が認められなければならないなど議論が続けられ、現在、州によって制度への姿勢は異なっています。
ネブラスカ州は「懲罰的損害賠償」を完全に禁止しています。また、州によっては、被告の行為が著しく常軌を逸しているときのみに適用したり、賠償額の算定基準を裁判官が定めるようにしたり、賠償額に上限を設けたり、あるいは賠償金は原告だけでなく州や公共団体に分配するなど、運用に差があります。
後述するロングアーム法により幅広い裁判管轄が認められていることから、原告がどこの州で訴訟を提起するかによって「懲罰的損害賠償」がどの程度まで認められるかが決まってしまい、被告がこれをコントロールできないところもあります。
とはいえ米国の大部分の州で「懲罰的損害賠償」は用いられ、その効果が認められていることは事実です。米国司法を特徴づける代表的な制度であることに間違いありません。