<事例>事故に冷淡な姿勢で「懲罰的損害賠償」3億円 ――「マクドナルド・コーヒー訴訟」

1990年代に米国で起きた、マクドナルド・コーヒー事件を耳にした方は多いと思います。マクドナルドのドライブスルーで購入したコーヒーをこぼしてやけどを負い、同社から300万ドル(3億9000万円)近くの「懲罰的損害賠償」の陪審員評決を勝ち取った女性の事例です。

しかしその受け止め方には多くの誤解があります。「コーヒーをこぼしただけで3億6千万円? コーヒーが熱いのは誰でもが知っていることではないか、訴訟大国、米国って本当に恐ろしい……」。当時の日本での受け止め方は大方このようなものだったと記憶しています。まるで原告の女性が大企業から大金をせしめたように言う人もいました。

当の米国でも、当初メディアは「言いがかりの訴訟(Frivolous Lawsuits)」の典型と報道し、ワイドショーでは原告の女性を「うまく儲けた人」とからかい、「俺も訴えようか」とコントのネタにされました。

しかし真相はかなり違ったものでした。

事故が起きたのは1992年2月27日のことです。ニューメキシコ州アルバカーキに住む79歳(当時)の女性、ステラ・リーベック(Stella Liebeck)さんは、孫の男性とともに地元のマクドナルドの店に自動車で向かいました。2人はドライブスルーで注文すると、そのまま店の駐車場に車を回して駐車しました。

車にはカップホルダーはありませんでした。リーベックさんは砂糖とクリームを入れるためコーヒーカップを膝の間に起きフタをはずそうとしますが、カップは手前に倒れ、ほぼ一杯分のコーヒーをこぼしてしまいます。

悲鳴に驚いた孫の男性は服を脱がせるなどの処置をして病院へ向かいましたが、リーベックさんは、太ももから脚の付け根、臀部、性器にかけて皮膚の6%を第Ⅲ度のやけどで、16%以上を第Ⅱ度以下のやけどで負傷していると診断されました。

第Ⅲ度のやけどとは、皮膚はもちろんその下の脂肪や筋肉、さらに神経や血管にまでやけどが及ぶ最も重症な状態のことです。大やけどだったわけです。

リーベックさんは、皮膚の移植手術が必要なためそのまま8日間入院し、退院後も3週間娘さんのケアを受けながら生活、さらにその後約2年間、通院を余儀なくされました。

米国には日本のような皆保険制度はありません。病院で治療を受ければ日本では考えられないような高額を請求されます。

2年通院し終えた時、それまでかかった医療費は1万500ドルでした。日本円で136万円を超える額です。続く通院の費用や、リーベックさんの世話のために仕事を辞めざるを得なかった娘さんのことも考え合わせると、損失額は2万ドル(260万円)に及ぶと思われました。

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