停留場の近くにいる人たちが線路上を歩いて来る、まだ傷の浅い人たちに被害の状況を尋ねていました。『広島に落ちた新型爆弾と同じだ』『浦上が全滅した』『この先の道は火災と建物が倒壊して歩けない』などの声がわたしの耳に届きました。

わたしは線路を逃げて来た男の人に聞きました。『城山は大丈夫でしょうか』。

その人は言いました。『浦上に新型爆弾が落ち全滅した。その隣の城山も全滅だろう』。

わたしはあきらめず何人もの人に聞きましたが、全滅したか、いま火が燃え盛っていて何もわからないという返事でした。わたしはここに至って、さきほど爆風に倒された際感じた恐怖の正体を知ったのです。そのとき、荒ぶる巨神が浦上盆地全体を残虐を極め暴れ回っていたのです。

わたしは母と弟の身を案じました。しかしいま、助けに行くことは不可能でした。そうこうするうちにも火が拡がりつづけていました。そして『県庁が燃えている!』という情報がもたらされたのです。

『長崎はもう終わりだ!』という声が路上にいた人びとから上がりました。わたしは父の安否を思いました。ですが、父は生きていると直感しました。父はいま火事の対応に追われ、城山にいる家族を救出に行くことができないと思いました。わたしが母と弟を助けにぜがひでも家に戻らなければなりません。

巨大な炎が烈しく長崎の町と人びとを焼いています。わたしは誰かわたしとともに城山に行ってくれる人を強く欲しました。でも、わたしの周囲にいるのは見知らぬ人ばかりです。人びとはみな地獄の業火のまえで混乱していたのです。わたしはどうしようどうしようとなすすべなく立っていたのです。

時間がどんどん経っていきました。わたしは何人かの人に城山に行く方法を尋ねていました。すると軍人らしい男の人が教えてくれたのです。

『中島川をさかのぼり、西山水源地を通り、峠を越えて浦上天主堂を目指して下りて行け。お嬢さん、命は大切にしろよ』と。

わたしはそのことばに従い、眼鏡橋などの橋が数多く架かっている川沿いの道を上流に向かい歩きはじめたのです。

【前回の記事を読む】「家族全員が集まる最後の時となった」…原爆が落ちたあの日