ゆっくりと、大河は拡声器を口に当てた。
すっと息を吸い込むと、ゆっくりと、そして通る声で演説を始めた。
「酪農科の野郎ども! よーく聞け!」
「少し前に、俺らのサケ稚魚が全滅した! エラに異常を起こして、酸欠で死んだんだ!」
「はっきり言っておく! これは病気などではなかった!」
「病気ではないということは、川の水に原因があったということだ!」
「ニシベツ川は確実に汚れている! 電気伝導度が高いこと、そして溶存酸素が低いことがそれを証明している!」
「ニシベツ川を汚す原因は三つしかない! 酪農排水、ふん尿、それに化学肥料だ!」
「いつまで垂れ流しを続ける! 俺らはいつまでもお前らの欲望の犠牲になるつもりはない!」
いつの間にか内燃が大河の足元に来ている。
内燃は大河にゆっくりと語りかけた。
「大河先輩、ちょっと言いすぎではないですか」さらに続けた。
「酪農によって川の水が汚れている確実な証拠がない」
「それに、稚魚が死んだ本当の理由もまだ分からない」
「酪農が悪いって決めつけるのは……」と内燃が言いかけた途端、水産科三年生と四年生の数名が、内燃の襟首をつかみ羽交い絞めにした。
「ふざけんな! 黙れ! この野郎」
「街のやつに何が分かる!」
これを合図にしたかのように、酪農科棟の窓から酪農科三年生と四年生がどっと繰り出した。繰り出す様子は、まるで潜水艦のハッチから乗員が飛び出すさまか、空挺隊員が次々と降下するかのようだ。
あっという間に中庭のあちこちで乱闘となる。手も出すが口も出す。激論を交わす連中もいる。
「水が汚れてる原因は酪農だっていう証拠はあるんか! この浜野郎!」
「水質計の結果はそうなってんだ! このイモ野郎!」
「水が汚れているだけだろう! 酪農が原因だと言えんのかと聞いてるんだ!」
「ニシベツ川に工場でも立っていると言うんか! ごまかすんじゃねぇ!」
とにかく、浜(漁師)とイモ(酪農家)はどうにもこうにも仲が悪いのだ。何かにつけてこうやってケンカや激論となってしまう。とにかくはっきりしているのは、今のところ加害者は酪農で、被害者は漁業らしいということである。
中庭の騒ぎは、二階の職員室から丸見えだった。ほとんどの教員は、また始まったか、という顔をしている。教頭の北沢は、職員室の窓から中庭の惨状を確認すると、校長室へ走った。
北沢は一階の校長室のドアを慌てて開けると、そこには校長の姿はすでになかった。
中原校長の無鉄砲ぶりは、いつものことである。北沢教頭は急いで、しかし落ち着いて中庭に向かった。
「オイッ! 何やってんだっ!」
中原校長がそう叫び、騒ぎの中心に飛びこもうとしたその瞬間、北沢教頭は中原校長の腕を引っ張って、この無鉄砲な校長の動きを止めた。
「止めるのは、まだちょっと早いと思います」
「疲れてきた頃を見計らいましょう」
この言葉で、中原校長は動きを止め、玄関に仁王立ちとなり、この騒ぎをじっと見つめた。