第二章

私は台所で日本酒のお燗の準備にお酒をお銚子に移していた。台所から舞ちゃんが煮物やサラダなどを居間に運んでいる。お母さんは着替えのため二階に上がっている。テーブルの上には枝豆や酒のつまみが置いてあり、すでに酒瓶を開けてコップで飲んでいる魚屋さんの涌井さん達。ワインもそろそろだわ、と私は冷蔵庫から白を出して栓を抜いた。赤はもうテーブルに出ている。

雄二が帰ってきて、お母さんのお友達にワインをついでいる。お母さんが降りてきて、上座に座った。皆が一同に集まっているのを確認後、乾杯の音頭をお父さんがとった。お誕生日おめでとう! それからはもう飲んだり食ったりで、ケーキどころではなかった。

それでも雄二が6本のロウソクに火をつけ、台所から歌を歌いながら入ってきたときは、私もシャンペンを開けて準備をした。お姉さんの子供達もお昼寝から起きて顔を生クリームだらけにしてケーキを食べている。お母さんはほろ酔いで、花束を抱えて嬉しそうだった。それを見るお父さんも幸せそうだった。

寿司屋の田口さんは夜の準備があるとかで桶を持ってお帰りのようだ。私は台所でせっせと熱燗を製造している。お父さんが一升瓶を1本、田口さんに託している。飯田さんが持ってきた内の1本の和歌山の銘酒だ。

魚屋の涌井さんは鯛の尾頭付と蟹を持ってきてくれた。それはもうほとんど食い尽くされてしまっている。涌井さんは蟹の甲羅に熱燗の銚子を傾けている。まだ飲むつもりらしい。

涌井さんはお父さんとは幼馴染で、お得意さんでもある。ご夫婦で魚屋を営んでいるが子供がいない。小さい頃から雄二を我が子のように可愛がり、雄二に店を継いでもらいたいと思っている。

もちろん姉妹でもいい、婿をとってとは考えていたようだが、姉の友香さんはデパート勤務ののち、支配人の息子さんと結婚してしまった。月島小町と言われた美人さんで、港に魚を運びに行った若い頃は漁師の若者達が見惚れていた。

しかし魚には縁なく、今は練馬区に親子4人で住んでいる。魚屋は夫婦揃ってやらないと無理だから、私が料理人の手前、雄二は魚屋を継ぐのは躊躇していると思う。

熱燗を持ってきた私に涌井さんが蟹の甲羅酒を勧める。新鮮な蟹なので肝もうまい。三陸の蟹だということだ。あちらの秋はもう冬並みなのだろう。福井の冬の海が目の前に大きく広がり、蟹が大好物だった母を思い出した。