03  風雲

「あ、あれは、そのぉ~…………」

アンは躊躇した。自分が作った薬だといっていいのだろうか、と。正直に言って、なんてモノを飲ませてくれたんだと逆上されたら? 

目の前の男はこんなところに一人で住んでいる自分に不信感を抱いている。安心してください、私には植物の声を聞く能力がありますからといえたら、と思うが、ジンとの約束から自分の力のことは話せないし、却って不信がられる。彼女が視界の端で男の様子を見ると、自分をまっすぐに見つめ答えを待っている。彼女は、ちゃんと答えなきゃと思った。

「私が作った、……く、薬!? というかなんというか……」

「薬ぃ!? お嬢ちゃん! あんたぁ!? 薬なんてモノまで作れるのかい?」

しどろもどろに言ったアンの答えに、男は目を丸くした。

「あっ、はいぃ……。自己流なんですけど……、森の中はいろんな植物が生えているので、いろいろ試して……。自分以外に試した事なかったので、大丈夫でしたか?」

驚いた男の大声にうろたえながら、アンは薬の効き目を窺った。

「大丈夫なんてものじゃねえよ!」

アンの話を聞き、男は驚嘆の声を出した。

「すごい効き目だ。自己流って……、すごいなあんたぁ……。あぁ!?あんたとかお嬢ちゃんなんて失礼だったな。俺は木こりをやっている、リドリーっていうもんだ。良ければ、あなたの名前も教えちゃあくれないかぃ?」

「はっ、はい。……アン、っていいます」

『リドリー』と男に先に名乗られたため、アンも自分の名を明かした。

「アンさん、かぁ……。よろしく」

うんうんと頷き男は右手を差し出した。

「そんなっ! さん付けなんて……」

「何言ってんだぃ! あんたぁ、俺の命の恩人なんだ。『様』ぁ付けたいくらいだぜぃ。ぶぁははははっ!」

リドリーは豪快に笑った。その屈託のない笑顔に、アンもつられて、この日初めて笑顔を見せた。リドリーはその笑顔を見て「おっ」という反応を見せると、アンは顔を真っ赤にしてまた俯いた。そして。おずおずと右手を伸ばした。

「おっ。よろしくな、アンさん!」

リドリーはアンの手を握りぶんぶんと上下に振った。アンはその力強さに身体まで揺らされながら苦笑いを浮かべた。

「おおっ! ここまで来たらわかるよ」

アンの道案内で森のはずれまで来ると、リドリーはそう言って駆けだした。アンはその場で立ち止まった。

「それじゃあ、私はこれで……」

「あっ……」

アンの言葉に、森の端まで来ていたリドリーは振り返り、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。

「ありがとう、アンさん! この恩は一生忘れない」

手を振りながら言ったリドリーの言葉を聞いて、アンは無言で頭を下げると、踵を返して森の奥へと消えていった──振り返ることなく。