花と木沓
四月二十六日 ポストランティンの人達
ポストランティンと云うのは、木綿の筒袖に黒のハカマ、頭に「吹き流し」をつけて簡単に云うと見習修道女様の事です。
ここには、このポストランティンの人々が十人くらいはいらっしゃると思うのですが、でも、確信は持てません。
何故かというとこの人々はいつも小さな赤い祈本を片手に、文字通り黙々と仂き、黙々と勉強していて、私達生徒や、ミサに集まる村人達とは話をする事がめったに無いし、やや、うつむきかげんの清々しい表情も、いつ見てもちっとも変わらないのです。
ですからまるでみんな同じに見えて来て、私などには院内をつつましく飛び交って仂いている一種のはたらき蜂のような勤勉な昆虫にも思えます。
二、三人しか居ないのだろうと思っていると、うららかな午後など、あちらの木陰、こちらの日陰に、あれあれと云う程、五人も七人も十人も居ることがあるのです。まるで忍術か手品みたいです。みんなそれぞれ木の切株に腰をかけて、ソプラノの小さな声でラテン語の祈本を読み上げているところは、ちょっと、虫の鳴き競う草原みたいです。ふしぎなふしぎな人々のお話です。
まるでロングヘア集団みたいな絵ですが、皆さん、おそろいの黒布で頭を包み、黒い袴をつけていました。いつでも、どこでも、祈っておられ、せせらぎに似た優しいコーラスが今も耳の底に残ります。ポストランティンとは、仏教で云えば修行僧のような方たちでした。