花と木沓
十一月三日
どろぼう神父様
粉雪の、しんと静かな昼寝時間。“配給の薪”は燃えつきて、寒くてとても眠れやしない。同室の子とふたり素足でひ、た、ひ、た、階段降りて「薪どろぼう」しに行く。
薪置場は密やかに山毛欅の匂い…。その時、人の気配! まるめた二つの背中に
「アナタガタナゼネマセン? ナゼココニイル?」
と神父様。
「さ…さむくて…だ…だから…」
とふたり。神父様は人さし指と中指をひたいに押し当てる――。
やがて、キッと顔を上げ左右を透かし見て腕をまくり(その細いこと!)
ハンカチをさっとひらいて覆面しおや指をしゃくり上げて
“ヤロウドモツイテキヤガレ!”と云う仕草。先頭に立って薪置場に入って行く。
階段を一列にひ、た、ひ、た、あがる。ネジロに帰って“物”を出し合う。私、五本よっちゃん六本。神父様は聖衣の下からさも大事そうにやせた薪一本。それからくるりと踵を返して
「シラナイシラナイダアレモシラナイワタシモシラナイトウララ…」
と歌いながら行ってしまいました。冬の日のあたたかな思い出。
神父さまはたった一人のイタリア人日本語はかなりヘタでした。でもミサの時には村の人々が集まりますからお説教をするのです私たち生徒は笑いをガマンするのにひどく苦労しました陽気でだいすきな方でした
めっきり寒くなりました
みのむしも今日ストーヴをとりつけました。十一年使った大じなだいじなルンペンストーヴ
十一月八日
花占い
風が、まるで夜空を束にしてひっくくるような勢いなので眠れやしません。じっとしてると余計にこわいので本を読もうとしたら、電気が付きませんでした。
暗い中で、目を見開いていると、よっちゃんのベッドからカチカチッと何かがゆかに落ち、あわててひろい上げた気配でした。薄紫の一連の美しいガラス玉を思い起して笑いがこみあげて来ました。私同様お祈りの苦手な彼女、ミサの時には私と一緒に牛小屋にかくれたりする彼女が、嵐におびえて、ベッドの中で一心にロザリオを繰っていたなんて。
廊下を、ひそやかに人が通ります。足音と一緒にぼうっと薄い光が通ります。素足で、ひゃっこくゆかを踏んで、戸を細く開けてみておどろきました。アベさんのドアが開け放されていて彼女と同室の吉田さんが廊下の暗がりで、すすり泣いているのです。室内にはお医者様と、数人の修道女様が、手に手にローソクを持ち、その影が妖しく壁に映し出されているのが何とも云えず不安な感じです。どこかから祈りの声が上がりました。
いつのまにか八人の病気の少女たちはひっそりと暗がりのすみに身を寄せ合っていました。祈りの声はしだいに拡がります。私は祭壇の花束をとって、その花びらを一枚一枚むしりはじめました。
「タスカル…ダメ…タスカル…ダメ…」
見る間に足元は花びらに彩られて行きます。朝、日射しの明るい聖堂に降りて行きますと入口の告知板に
「一・アベさんの発作は静まりました。神様の思し召しに感謝致しましょう。二・祭壇の花びんに新しいお花をいけておきなさい。――友達想いの不信心などろぼうさん――」
と書いてありました。