「まあ、気まずさや申し訳なさが先にくるか。ごめんね、からかって」
教師というよりは友達のように接してくる人だ。なぜか気に入られている。部にいるときからこんな感じだった。
からかうのはよしてくださいとぼやく玲人に、上野先生は机に置いていた雑誌を差し出し、「さて、本題に移ろうか。玲人に一つお願いがあってね。悪いけど部活絡みの話」
そう言って先生は、雑誌のあるページを開いたのだ。
それは何かの特集ページのようで、「部活絡みって……、ん? 天罰と……催涙雨?」
「そうだ、“天罰と催涙雨”。ここ最近、話題になってることは知ってるだろ?」
「ええ、知ってますけど。この頃は何かと耳にしますし」
“天罰と催涙雨”─。七七年ごとの決まって七月七日─七夕の日に起きる大災害のことだ。地震、台風、雷雨など、まさしく天罰と呼ぶに相応しい規模の大災害で、その日の夜は必ず雨が降る。催涙雨とは雨のせいで彦星と逢えなかった織姫が流す涙が由来の、七夕の日に降る雨を意味し、災害後の雨は天罰を前に悲しんだ織姫の涙ではないか、という理由でこの名がつけられた。
「今年は節目の年ですからね。仮に天罰が起きるとすれば来月……ですか。それにしても、どうして決まって七夕なんでしょう?」
「織姫が天の神様に悪さでもしたんじゃないか? 織姫もさぞ神様を恨んでいるはずだ」
「なるほど。で、これが頼みですか?」
「そうだ。来月号の新聞にもスキマができそうだから、この“天罰と催涙雨”をネタに記事を埋めてほしい」
大きく変化はせずとも、玲人の顔色は曇り、「記事を書くにも時間がかかるんですよ。他をあたってほしいところですけど……」
主に新聞部は校内の話題にまつわる記事を毎月作成している。しかし校内のネタだけでは記事が埋まらず、近頃の世間の話題をネタに空きを埋めることは珍しくない。
「引き受けたくないのが本音です。辞めるときにも言ったように、これから勉強に専念したいところでして。こういうことに時間は割きたくないんですよ」
「まったく、マジメだね玲人は。たしかに勉強は高校生の本分、疎かにしてはいけない。けど勉強だけなら予備校通いでも事足りるんだ。高校には高校でしか経験できない青春があるから」
「七夕になぞらえれば、努力を怠れば織姫と彦星のように罰を受けることに繋がりますから、努力は大事だと思いますけど」「生徒からそれを言われるとは。ふふ、一理ある」
「学業に支障が出るくらいなら青春なんて二の次でいいです。高校ってしょせんは進学のための踏み台じゃないですか」「でも今日の倉科との出会いは、案外いいきっかけになるかもしれないよ?」
「別に……、初対面じゃありませんし」
誰に言うでもない、玲人の囁き。上野先生に聞き返されるも、「なんでもないです」とだけ彼は返答した。しかしどこか羨むように、玲人はひっそり目を狭める。