【前回の記事を読む】かつての患者が同僚に…小児科医がつないだ「医のバトン」
きらめく子どもたち
大きな茶色の瞳
小雪舞う新年会シーズンの夜のことでした。緊急コールを受けた宮本はなかなかタクシーをつかまえることができず、やっとの思いで大学病院へ到着したのは深夜一時をまわった時でした。
小児外科の後輩の奥さんが緊急のお産となり、手術室ですぐにでも赤ちゃんの手術が行えるようにと、深夜であるにもかかわらず父親以外三人の小児外科医がそろいました。父親は上のお嬢さんに付き添い、病室で待機していたのでした。
実は、ご両親には出生前に、新生児科と小児外科からお腹のお子さんの状態につき説明をしていました。赤ちゃんの食道が閉鎖しているかも知れず、出生と同時に緊急手術となるかも知れないこと、手術は大手術で複数回必要であることなど話しました。また、肛門の異常もありえ、そうなると染色体異常も疑われることについてもお話ししたのでした。
父は小児外科医で、母は元看護師ですのでしっかりと聞いていただけたのですが、衝撃のあまり二人の表情は硬く、話の最後までうまく伝わったか不安でした。
実は、父は小児外科医として食道閉鎖症の手術を経験したばかりで、手術と術後の大変さを実感していた時だったのです。一般に父親とは子どもについてのこうした衝撃で落ち込みやすく、自分の生活まで崩壊するかのような気持ちにもなりやすいものなのです。
そして出産をむかえ、すぐに新生児科と小児外科が赤ちゃんの全身状態をチェックしました。嬉しいことに、大きな泣き声を上げる赤ちゃんの鼻から入れた管は食道を通り胃の中へ入りました。食道の閉鎖はなかったのです。そして肛門にも異常はありませんでした。しかし、赤ちゃんの顔つきや体つきは、ダウン症を疑わせるものでした。宮本はその場で確実なことだけ母に伝えました。
「食道も肛門も大丈夫‼」
それを聞いて、母の澄んだ大きな目から、涙がこぼれおちました。控えていたもう一人の小児外科医は、部屋の外で院内PHSで父親に報告しています。
「食道と肛門は大丈夫です! しかしダウン症かも知れません……」