きらめく子どもたち
青空を翔けぬけろ! マユちゃんへの手紙
君が生まれて二十七年、先月、君は初めて在宅静脈点滴栄養から離脱した。一万日を超える日々、君は毎日毎日点滴につながれてきた。
君が生まれたばかりの時、腸は捻れ、小腸のほとんどを失い六センチだけが残った。その時生きるために入れた右外頚静脈カテーテル、この一本の静脈路をまさかその後二十七年間使い続けることになろうとは、そしてさらにその静脈路が腸の成長とともに不要になる時がこようとは……夢にも思わなかった!
体に埋めこまれた点滴セットを定期的に交換するだけでも入院手術が必要なのに、他にも受けた手術はいっぱい。君の人生の十分の一は病院で過ごしたことになる。子どもにとっては受け入れることも大変な数々の困難を乗り越え、もうすぐ点滴が抜けるという最後の数か月は、口からの栄養だけで社会生活や仕事ができ、カテーテルは血液でつまらないようにとヘパリン生理食塩水を時々ながしているだけだった。
とはいえ物心ついた時から体に付いていた点滴をいざはずすとなると……主治医の心配は当たり前としても、本人が決断することには大きな意志の力が必要だったに違いない。
そんな君から来た年賀状。
明けましておめでとうございます。
二〇一八年は本当に特別な年になりました。
二十七年間「生きてきた」という実感とともに、
ここまで沢山の人に「生かされてきた」と
あらためて感謝ができた年でもありました☆☆
点滴がなくなったことは未いまだに慣れません(笑)
でも、自ら望んだことですから!
そんなことも言っていられませんね!!
二〇一九年も前を見て突き進んでいきます♪♪
二十七年間、地上につながれていた君は今、まるで解き放たれ大空を自由に飛びはじめた鳥のよう。どうだい? 大空からの眺めは? あんなに大きく太って見えた宮本先生は米粒のようだろう? いろいろなことに悩んだ小学校・中学校も、二週間に一回二十七年間通い続けた旭川医大も、家族で住んでいた地域も……遥か足元に小さく見えるね。
たまにはここに羽を休めにおいでなさい。二十七年前小児外科医として歩き始めた宮本も歳をとり、あと一年で定年となるけど、もう少しの間、地上に残っているつもりだから。
(二〇一九年一月三日)