ある時、伊能は知り合いの女性からこんな相談を受けた。
「このところ、よく、掛かってくる電話があるんだけど、名前も言わないし、何も話さないの。でも、聞いてると、だんだんと、はあ、はあと息の荒いのだけが聞こえてきて、こっちから、もしもし、もしもしって、何度言っても答えないんで、気持ちが悪くなって切ってしまうんだけど、とにかく、困ってて」
伊能は、この相手が、夜街新聞の取材で知り合った歓楽街で働く女性であったことから、その女性目当ての客からだろうとは思ったものの、今後の取材のこともあるし、一応、真面目に話を聞いた。
「知ってる相手じゃないんだね」
「知らない人だと思う。電話番号も見たことない番号だったし」
「その相手の電話番号は分かるのかい」
「最初の番号は分かるんだけど、次からは非通知になってるから、その番号と同じ人かどうかは分からないの」
「どうして、非通知に出ちゃうの。そんなの出なきゃいいでしょ」
「それが、仕事で非通知のもあるから、そうもできないの」
伊能は、この業界の客なら確かにそういうこともあろうかと納得した。
「最初の番号から相手を調べるってのは?」
「それも考えたんだけど、最初のは一回だけで、後の非通知の電話と同じ相手かどうか分からないから、その番号がいたずらかどうか言えないと思って」
「最初の番号がお客さんのじゃないって、絶対なの?」
「だって、お客様のだったら、登録してあるから」
客からではないとなると、これは大変かも、と伊能はだんだんと本気になってきた。
「どうして、知らない相手から、そんなのが掛かるようになったのかは分かる?」
「これは私が悪いんだけど、つきあってる彼氏がいるんだけど、これが結構、悪ふざけが多くて、こんな、変態みたいな電話をしてくることもたまにあったりしたの。だから、この相手の時もそうだと思ってしまって、はいはい、って対応してしまったのね。そしたら、相手をしてくれると思ったみたいで、頻繁に掛かってくるようになったの。全く、私のドジで引き寄せちゃったみたいで、悔しくて。何とか、できないかしら」
「こっちの番号は分かってるから、そんな変態じゃ、着信拒否しても、きっと、番号変えてまた掛けてくるね」
「そうなの。一体、どうすれば……」
「大体、いつ掛かってくるかは分かるのかな?」
「それが、いつも、月曜日の夜一二時過ぎなの。月曜は早く帰れるから、仕事終わって家に帰ってほっとしてると掛かってくるのよ。変態のくせに、変なとこ、真面目なのかしら」
「きっと、ストレスの溜まったサラリーマンじゃないかな。一週間の仕事が始まる月曜から残業で、ようやく家に帰ったところで、これからまだ金曜まで四日も働くのかと思うとどっと疲れが出てくるから、その反動で変態電話してるんじゃないかな?」
「なるほど。名推理ね」
「かかってくる時間が大体分かるなら、対処は可能だね。早速、来週に行ってあげるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」