最善は生まれ出でぬこと

清美はインフルエンザに罹ってしまったようだ。教室で苦しいのを我慢していると、級友達が、様子が変だから早く帰れと心配してくれた。熱のためにフワフワする体を押して帰宅すると、道子が玄関先を掃いていた。

「今頃、何で帰って来るのよ」

「熱があるのよ」

清美は苦しそうである。が、道子は、「そんなことくらいで帰ってきたの、ふん」と憎々しげな目を向けたと思うと、くるりと背を向け家に入ってしまった。

道子は自分以外の人間の苦しみには極めて鈍感なのだ。目で見て見えない、耳で聞いていて聞こえていない、そういう状態が連続的に道子の心の中では起きているのであり、その上感情過多である。

だから、心優しい、感受性の鋭敏な清美には、道子という人間が全く理解できないので、(赤の他人の級友が心配してくれているのに、実母は、私の体の調子が悪い時はいつも邪険な態度しか取ったことがない。クラスの皆はこれを知ったら、驚くだろうな。自分達のお母さんと全然違うのだから)と思い苦しむのであった。

清美は、自分の部屋に入ると着替えももどかしく、倒れ込むように横になった。測ってみると39.4度の高熱である。3時間後に道子がやって来て、ぞんざいな態度で、「ご飯はどうするの」と訊いた。

「熱があって、とても食べられないわ」

「ふん、要らないんだね」

一言言うと、鼻歌交じりに階下に降りていった。

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