私が体調を崩して働けなくなってから、我が家に何度も通って励ましてくれていたのが、市民活動団体で一緒だった、井戸大志であった。私たちが所属している市民活動団体では、戦争や紛争の解決のため、過去の戦争体験を風化させない目的で、戦争体験などを語り継いでいき、核兵器などの廃絶のための署名活動を行うなど、社会に貢献しようと活動してきた。また良書の購読が、平和の心を創るという観点から、読書の推進活動も長年行ってきた。

そんな中、井戸大志は、接骨院を開業し、独立して数年が経っていた。お弟子さんも一人いる、優しさの中にも、情熱的な志を持った人望ある青年だった。彼は私に会うたびに「大丈夫だよ。僕がついているから。いつでも何かあったら呼んで下さい。私は田中さんの味方だからね!」と言ってくれるので、私は救われる思いがした。

またある時、井戸は私をこう励ましてくれたこともあった。「田中さんには、田中さんにしか救えない人が必ずいるから、自分を絶対に卑下しちゃ駄目だよ。君にしか救えない人が必ずいるからね!」と。私はこの言葉を聞いた瞬間、はっとした。もしかしてそれはロバート・ハミルトンのことかもしれない。井戸は必死の思いで私を激励(げきれい)してくれていたのである。

私が家に引きこもりがちな時は、ドライブに連れていってくれることもあった。そして私の愚痴(ぐち)をただひたすら聞いてくれた。心が落ち着いていくのを、私は感じ始めていた。

井戸は、高校時代、柔道をやっていた。顔は強面(こわもて)の青年だったが、心はいつも熱く、冷え切っている私の心を、いつも温めてくれていたのである。

ロバート・ハミルトンからメッセージが届いた日、私はペンフレンドが、北アイルランドにいることを、彼に打ち明けた。井戸が私の心に()をともしたように、私もロバートの心に灯をともしたいと、彼に打ち明けた。ロバートとの今までの経緯を全て話し、その日SNS上に、そのロバートから十年ぶりに便りが届いたことも、彼に報告した。すると飛び上がるように井戸は、こう私に言った。

「田中さんすごい縁ですね! もし田中さんがロバートさんに会いに行くなら、私も一緒に行きますよ! 一年後、ロバートさんにお会いしに、北アイルランドまで一緒に行きましょう!」

私は唖然(あぜん)とした。今自分は無職でお金がない。そして肝心の井戸自身も、自営業で、長期休暇など取ったら、生活費に困るだろうと思い、今井戸の口から発せられた言葉に耳を疑った。

そして何より井戸は、英語を全く話せない。また、アイルランドと聞いて「寒い所ですよね?」と即答するので、「それは、アイスランドです!」とつい突っ込んでしまった。こんなんで大丈夫なのかと、武闘派の井戸大志を見て私はふと思った。

だが井戸は真剣だった。彼も若かりし頃、国際NGOの人たちに励まされて成長してきた。今の彼があるのは、その人たちのおかげであると深く、彼は認識していた。だからこそ、その人たちにされたことを、今度は私にしようとしていたのである。

英語が話せないのがなんだ! 田中さんのためにも、地球の反対側まで、共に行き、共に悩める友を励ましたい! 「田中さんの友も、自分の友」と、心定めて、井戸は深く決意したのである。

【前回の記事を読む】【小説】「私は最初から彼のような友人が欲しかったのだ」