第五章 歓迎
時刻は夕方になろうとしていた。
ショーン・オハラから電話が入り、今度は彼と共に四人で大学の学生食堂へ戻った。するとそこに、ショーンを紹介してくれたピーター・オサリバンが、アイルランド共和国から、国境を越えて来てくれたのである。またロバートが師事したインド出身の大学教授と、北アイルランド出身の彼の奥さんも加わり、話が盛り上がった。
「やあ、君は健と私がビデオ通話した時に、隣にいた大志だね」と、ピーターが私に井戸へ通訳するよう懇願した。
「ハロー!」
井戸はピーターにこう返事するので精一杯だった。彼は戸惑っていた。周りの人たちが皆英語で会話している中、彼だけ蚊帳の外に置かれているように感じていたようである。
私は極力彼らの会話を井戸へ通訳していたが、あまりにも皆早口だったため、完璧には通訳できなかった。それを見ていた井戸やピーターも、私に申し訳なさそうに、また通訳してくれないかいと頼んできた。少々通訳疲れしていた私であったが、彼らのためにベストを尽くした。
ここでショーンが私たち日本から来た二人に、見せたいものがあると言って、ベルファスト市内の観光見学に連れ出してくれた。初めに着いたのは、さまざまな世界的な平和活動をしてきた人たちの似顔絵が描かれていた道路沿いの壁だった。
「健、大志、この壁は世界中の平和貢献活動をしてきた人たちのストリート・ペインティングだよ」
ショーンはこう言うと、ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の似顔絵の描かれている壁を指さした。暗闇に浮かぶ、マンデラ元大統領の、満面の笑顔の絵の下には、こう記されていた。
「私の国では、私たちは最初に牢屋に入り、それから大統領になる」
闇の中にも、光は確かにある。だが誰もそのことには、気がついてはいない。いや、ほんの小さな光ですら、ここでは眩しすぎて見えないのかもしれない。ショーンは説明を続けた。
「この壁はその時々によって、ストリート画家によって塗り替えられるのだけど、概ねが時事問題に関する人たちが描かれるのさ。この壁の西側がカトリックの居住区、東側がプロテスタントの居住区になっているのだよ。だからここに世界の平和に重大な貢献をしてきた人たちが、その象徴として描かれるのだよ」
そう言うとショーンは、壁に向かって深々と頭を下げ、祈りを深く捧げるのであった。私たち日本から来た二人は唖然とした。それはまさにベルリンの壁のようだった。両宗派の根深い対立構造は、今もなお住む区域を離すという形で残っていたのである。
「これが北アイルランドのベルファストの現状だよ!」
横にいたロバートがそっと耳元で囁いた。私たちは、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。