「まず、私の説明をさせていだたきます。私の場合は、電話の相手が誰かが分かるというものです。相手の姿が頭に浮かぶのです。ただし、電話に出て、相手が話し出す直前にならないと分からないのです。だから、大して役に立つような能力とは言えないのです。
千里眼というほどのものではないので、せいぜい百里眼とでも言いましょうか。この能力はむしろ、仕事にはじゃまになることもありました。それでも少しでも何かに役立てればと思い、このクラブを立ち上げました。みなさん、よろしく」
これを聞いて、参加者全員が少しほっとした様子を見せた。みんな自分の能力に自信がなかったので、伊能の話を聞いて安心できたのである。
話は、伊能の青年期にさかのぼる。伊能が大学三年生の時、好きな女の子ができた。名前は相川すず。同じサークルの一年下の子で、「すずちん」との愛称で呼ばれていた。
サークルで次に行うイベントの打ち合わせをすることとなり、伊能ら幹事たち五人で話し合うこととなった。学校で話がまとまらない時には、家に帰ってから電話で連絡を取り合っていた。相川すずも幹事の一人である。伊能は、他の幹事たちとは普通に話せるし、すずとも、みんながいる場では普通に話すことができた。
ところが、二人だけになるとどうも話がうまくできなかった。特に電話が苦手であった。感情が先に立ってしまうのだ。もし嫌われたらどうしようとか、かっこよく話さなきゃ、とか思えば思うほどうまく話せなくなる。時にはわけの分からない会話になることもあり、いつも電話が終わると自己嫌悪に陥っていた。
そのうち、電話に出ると、話し出す前に誰かが分かることに気づいた。男の仲間と分かると、リラックスできるどころか、冗談でこちらから話すこともできた。いきなり、相手のあだ名を先に言うことができた。ところが、電話の相手が「相川すず」と分かった途端、のどが硬直するのである。冗談を言う余裕など毛ほどもない。
話し出す前に緊張しているから、ただ「もしもし」と言うだけの声が、上ずった声になり、すずちゃんから、変態と間違われて、「きゃっ」と言う悲鳴を残してすぐに切られたこともある。
ある時は、愛称の「すずちん」と言おうとして、最初の「すず」がかすれて声にならず、いきなり「ちん」と叫んでしまい、また、「変態っ」と一声叫んで電話を切られた。そして、それ以来、相川すずからの電話はなくなった。