パンドラの箱が開いた
強い恐怖を感じながらも、あたしは言った。
「あたしトイレに行きたいの。それに家に帰りたいわ」
男はあたしの頬を一発張った。
「逃げられると思うんじゃない。おまえにはいろいろ役に立ってもらわなきゃなんねえんだ」
男は手にナイフを持っている。それでもあたしは怯まなかった。
「トイレに行かせてくれないと、家の中を汚して、ほかの人の迷惑になるわ」
「うるせえ!」
男は声を張り上げ、あたしの髪を引っ張った。あたしは男をにらみつけた。それでも失禁されるのが、嫌だったのだろう。あたしをトイレに連れていった。いかにも薄汚れた蓋のない洋式トイレで、用を足しながら目に入るものをすべて観察した。
「おい、遅いぞ。早く出ろ」
あたしが渋々出ると、さっきより機嫌が悪くなった男に、後ろ手にきつく縛られた。なにか言って、ますます機嫌を損ねられたらまずいので、いったん黙った。
またさっきの小部屋に連れていかれた。ようやく、この家の様子がわかってきた。男は少なくとも、二人以上はいるようだ。あと女性は、あたしを入れても四人以上はいるのだろうと、想像できた。
トイレから小部屋に戻されたとき、反対側に行けば玄関なのだろうと思った。二階があるのかどうかは、この時点ではわからなかったが、この家はあまり大きくない戸建てだ。西日が当たっているところを見ると、角地なのだろう。できる限りの情報を、頭に入れた。
突き飛ばされるように、部屋に押し込まれた。ドアがキーッと音を立てて軋んだ。すぐに男が戻ってきて、紙コップに入った液体を飲むように言われた。いったん拒否したが、縛られた腕をひねるように上げられて、
「腕の一本ぐらい折ってやっても、いいんだよ」
と凄まれた。
そのあいだにも、隣の部屋で女性の悲鳴が聞こえる。上の階らしきところからも、
「お願い、殺さないで」
と女性の懇願する声。それに対して、
「うるせえ! 言うことを聞かないと殺すぞ!」
また別の怒鳴り声も聞こえてくる。この家には一体何人の男女がいるんだろうかと、恐ろしくなった。あたしは思考を止めるように、差し出された液体を飲んだ。また記憶が飛んだ。