【前回の記事を読む】「この案件は首を突っ込まない方がいい」上司からの忠告のワケ
兆し
疑惑
「そこで、山北開発計画の資料を調べてみた」
「え、調べたのか!」
高取の、焦った様子が物語っていた。新卒採用から長年市役所に勤務して、しかも情報通の高取なら何かを知っていると踏んでいた。反応からすると、あまり表に出せない何かを……。
「トリ。開発許可にはどんな経緯があったか知っていないか?」
吾郷は問いかけた。
「アゴ。友人として忠告する。山北の件には首を突っ込むな」彼は佐木と同じことを言った。小役人的なところは共通しているが、佐木と違うのは高取には純粋に月城をよくしたいという気持ちがあることだ。「でも久しぶりに山北にいって、ガキの頃を思いだしたよ。楽しかったなあ。あの頃は」
吾郷は意図的に話を変えた。
「なんだよ。急に話を変えて」
「あの森でかくれんぼしたなあ」
「うん、やったな」
「覚えてる? 珍目神社で肝試ししたの」
「そうそう。あの神社けっこう不気味で。白状すると、小便ちびったよ」
「俺も」
二人は顔を合わせて大笑いしたが、高取はふと我に返り「だめだめ。その手には乗らない」と言った。
吾郷は高取を見つめる。
「トリ。お前は月城をよくしたいと思ってるだろ」
「そりゃもちろん。その気持ちは誰にも負けない」
「だったら教えてくれ。何があった?」
高取は腕を組んで黙りこむ。
しばらくしてレモンハイをぐいっと呑んで、周りを見回してから真顔になった。
「ここじゃまずい。うちへ来いよ」
タクシーを拾って高取の家に向かった。彼は小学校五年まで月城にいて、その後真栄山に引っ越した。吾郷とは真栄山高校で再会した。月城市役所へは真栄山の実家から通っていたが、結婚を機に月城に居を構えた。
タクシーは十二、三分ほどで、月城の平均的な分譲住宅が並ぶ一角に停まった。
「ただいま」
「あら、早かったのね」
高取の妻、里美が出迎える。
「こんばんは。夜分にすいません」
「まあ、吾郷さん。こんばんは」
里美は、美南と優が通う月城小学校の臨時的任用教員だ。非正規ではあるがクラスも受け持ち、仕事の内容は正規雇用教員とほとんど変わらないが、給料は六割程度だ。高取が公務員だからいいようなものの、そうでなければとてもやっていけない。
「今日はちょっと込み入った話がある。子供たちは?」
高取には中学生の長女と小学校五年、三年の男子がいる。月城に残った吾郷の同級生は概して結婚も親になるのも早い。東京に比べると、ある程度の収入があれば子育てはしやすい。生活費もあるが、なんと言っても住宅事情がまるで違う。
「みんな部屋にいる」
「ちょうどよかった」