高取はウイスキーのボトルをリビングテーブルに置き、水割りを作り始めた。
「わたしもはずした方がよさそうね。あっちで明日の準備をしてる」
里美が言うと、高取は、ごめん、と軽く手を挙げて謝る仕草をした。水割りを吾郷に差しだして軽くグラスをあて、高取は口を開いた。
「山北の件は俺も断片的にしか知らないが」
彼は水割りを一口飲んだ。
「市長選が終わり、佐分利市長が就任してすぐに山北開発計画の策定と、それに伴う山北の自然緑地保全指定の見直し指示が出された……」
高取によると、佐分利はかなり強引な手法で審議会メンバーを丸め込んで承認をとったという。山北の自然緑地指定見直しには、環境部長の長谷が強く反対したが、それは当然だった。代々の市長は山北の自然の大切さを理解し、長谷は自然保護の旗振り役を担っていたのだ。
「長谷部長は佐分利市長の圧力にも負けず、頑として抵抗した。だが、そのうち環境部に妙なクレーム電話やメールがじゃんじゃんくるようになったんだ。それが、山北の花粉をなんとかしろ、というクレームだった」
「花粉?」
「うん。確かに山北には杉やヒノキ林がある。その花粉をなんとかしろ、ってクレームなんだ。でも月城に飛散してくる花粉の大部分は皆駒山麓からの花粉だ。これはちゃんと調査もした。だから完全な言いがかりなんだよ。だけど、そう説明をすると『だったらアレルギーを苦に、家族が首を吊ったら責任取ってくれんのか』みたいに逆切れされちゃうし、質が悪かった」