週末 ほとんど試合の日々

迷い 克服したいけど

審判、特に主審は「決断」の繰り返しです。おかんは迷いが多く、自信を持ちたいけれど、自分のすべてを審判活動に捧げるわけにはいかず、不燃感を抱えたまま活動を続けているので、どうしても、「私についてこい」といったスタイルの主審ができません。

三級に昇級してからは、おばちゃんだからといって下に見られる感は減ってきましたが、それでも何となくアラ探しされて、隙あらば間違いを指摘されるような緊張感にはさらされています。それは選手たちからだけでなく、仲間のはずの他の男性審判やコーチからも。

でも、それはもうそういうものだと諦めて、本来の目的である「選手にとってフェアなゲームとなるようコントロールする」ことが審判にとって真のゴールだという信念を持ってやっています。

ただ、例えばおかんが主審をしていたときに、副審の間違いを正す場面での気づかいが難しいのですよ。

審判は、当然、競技規則すべてをまるまる覚えて、それをゲームのなかで、判断して正しいシグナルを出して、こなすことができなければ、間違いが発生します。

でも、これはそうそうできない。むしろ、競技規則通りに進められるようになってフィジカル対応できれば、二級審判とかになれちゃうんですね。四級審判の筆記テストは、○×式で70点以上が合格ラインなので、裏を返せば3割間違った状態でも合格して審判活動ができます。

問題は、間違いを正す機会がないこと。間違った状態のまま審判を続けて(あるいは審判をする機会がなく)、何らかの理由で3年間ぐらい小学生サッカーのコーチを続けてベテランのメインコーチになると、間違いを修正する機会が圧倒的に減ってしまいます。

リーグ戦で主審をすると、副審で間違った判断、シグナルをしている人が、5回に1回ぐらいの割合で出てきます。方向を示すとかオフサイド判定とかは、小学生サッカーレベルであれば、運動神経とかセンスでこなせるのですが、競技規則の記憶が必要な場面でよく間違いが発生します。

一度文章を読めば覚えてしまう特殊能力を持った人を除いて、大抵の人が勉強が足りないとミスします。

おかんの場合は3年間ぐらい、「間違い→指摘される→競技規則読み直す→別の間違い→指摘される→競技規則読み直す→ときどき審判トレセンで集中的に勉強→別の間違い→指摘される→競技規則読み直す」の繰り返しだったので、ミスを指摘されることはむしろありがたい、特に練習中の指摘は明日のより良い審判活動につながると受け止めるようになったのですが……。

別チームのベテランのコーチがミスしたときに、プライドを傷つけないように指摘するのは難しいですね。明らかに競技規則から外れている所作をした場合、

「○○は、競技規則ではこうこうと書かれています。もし、先ほどの判断が、××地区少年少女サッカーの少年少女用に配慮した特別規則が別途設けられているのであれば、その判断は正しいですけど、私が読んだ限りそのような追加規則はなかったはずです」

とハーフタイムで指摘したりします。

この日は小学生のサッカーリーグ戦の主審をしていたのですが、明らかに副審の競技規則の読み間違いだったので、そこを指摘したのですが、短く端的にイヤミなく言うのが難しかったです。

しかも、本日の副審は、その部分についてかなり自信を持って自分の解釈が正しいと思われていたので。

こういうことも、経験が何か解決策を示すようになるのかもしれないし、おかんが解決策を見つける前に、おかん自身が迫力ある審判に成長して別の解決の仕方をするのかもしれません。

想定外の課題に気づいてしまった本日の審判でした。

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『グリーンカード “おかんコーチ”のサッカーと審判日記』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。