第一章
あれは私の17歳の夏休みで、お盆だった。車で永平寺の灯籠流しに行こうということになった。佳子ちゃんと私は浴衣に下駄ばきで、何だかいつもよりは女らしくなったような気がしていた。
健一君は金沢大学生で帰ってきていた。大君は高校1年生になった夏だった。健一君が車を運転してくれて、私達は大はしゃぎであった。
花火を見てから帰る予定で、人混みの中迷わないように確認しながら行動したのだけども、私は健一君と二人きりになっていた。
「佳子ちゃんと大君どこだろうね」
「車をどこに停めたか知ってるから大丈夫だ。二人ともお金も持ってるしね」と健一君は心配してないようだった。
私は彼がいるので心から安心していた。花火を見ていたら、健一君が手を握ってきた。振り払うのもなあ、とほっておいた。暖かかった。
花火の途中だったと思う。健一君が手を引くのでついて行ったら、木陰に連れて行かれた。彼は私を抱きしめてきて、私はびっくりして声が出そうになった。私の口を彼の手が塞ぎ、もう一つの手が浴衣の後ろを持ち上げている。
とんでもないことになったと、私は暴れた。口を塞いでいる手に思わず噛みついていた。それからは夢中でなんとか人に聞いて車のあるところにたどり着いたら、佳子ちゃんも大君も健一君も待っていた。健一君は、手にハンカチを巻きつけていた。
あれ以来私は福井には行かなくなった。健一君はもう結婚して2児の父で、地元の市議会の議員になっている。
卵の白身を泡立てながら、予約客12人分のスフレの用意をする。メインは地鶏のワイン煮で、今は皆前菜のタコのギリシャ風サラダを食べ終えるとこ。で、スフレはそろそろオーブンに入れないといけない。手が疲れてきた。殻は割れないけど泡立ては大丈夫そうだわ、と安心した。
翌日渋谷で電車を降りてカウンセラー専門の精神クリニックに行く。医者は私の話を聞き、卵の殻が割れないというのは思い込みに閉じ込められた状態だと診断した。恐怖の一環であるということで、高所恐怖症のような卵殻割り恐怖症であるという結論。で、それを破るには、卵の殻を割る練習をするしかないということであった。
同時に卵が何を象徴しているのかを考えてくださいと言われた。卵ねえ、卵は卵だろう。
小浜でうずらの卵みたいな、ひばりの卵を見つけたことがあった。卵って赤ちゃんの前の状態でしょ。あの殻に守られて雛は生まれる。私はまだ妊娠はしたことはない。結婚もしたことはない。