彦坂は言った。

「ことしの四月一日に、『任意後見制度』というものができました。これは、年老いて痴呆などになってしまい、自分で考えてものごとを決めていくことが難しくなった際、そのご本人に代わって財産の管理や、入院が必要なときにはその手続き、自宅での暮らしが困難になり施設入所が必要なときにはその手続きなど、様々な事柄を自分と契約した後見人がやってくれる制度です。この後見の契約をすることが、自身の老後を支えることになります。もちろんできたてほやほやの制度なので、僕もまだ後見人になったことはありませんが」

和子はこの話に即座に反応した。

「彦坂一郎さん、ぜひ、わたしとその契約をしてください。あなたがわたしの後見人になってください。とても身勝手な言い方ですが、あなたにとって最初の後見人の仕事は、わたしのためにしていただければ、わたしはうれしいのです」

和子はこのとき、なぜかフルネームで彦坂に呼びかけ、自身の後見人になってほしいと依頼した。彦坂は和子のこの強い要請に戸惑った。第一に彦坂と和子はまだ二度しか会っていない。和子の人となりを何も知らないも同然である。第二にこの後見契約が依頼者の死をもって終わる以上、後見人には必然的に何年何月何日までつづくのか不明な責任がともなう。この仕事はかなり重い。

しかし彦坂にとって、遺言執行者の指名を受けた以上、この清楚な婦人の真摯な依頼を断る理由は何もない。常に決断の速い彦坂は覚悟し言った。

「わかりました。長いお付き合いになると思いますが、僕があなたを最後まで見守りつづけます」

和子はこのとき、泣きそうな顔をしたのだった。

その後、契約準備のためと、お互いの信頼をしっかりと築いていくための幾度かの面談を、日数の間隔をすこし開けながら行っていった。その年の春の日々は、人間社会では現職の首相が脳梗塞で死去するも、自然は平穏に、日に日に緑濃くなるままに過ぎていった。そして雨の季節となり、やがて雨の季節も過ぎていった。

和子と彦坂は梅雨明け後に二度会い、後見契約を結ぶための準備を、すべて整えた。

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