6 サーバント・リーダーシップの精神を動機づけ面接で実践する
ここまでデジタル社会を担う人材を育成するリーダーに必要な素養として、サーバント・リーダーシップが有用であることを説明してきました。しかしサーバント・リーダーシップはあくまでリーダーの精神(姿勢)を表しているだけですから、これだけでは具体的にどうしたらよいか戸惑ってしまうでしょう。
ここからは、再び動機づけ面接の話に戻ります。
動機づけ面接にもスピリット(精神)があります。そのスピリットは①パートナーシップ(Partnership)、②受容(Acceptance)、③思いやり(Compassion)、④喚起(Evocation)の4つの頭文字をとってPACEと呼ばれています。PACEそれぞれの詳細については後ほど解説します。
サーバント・リーダーシップの精神(姿勢)を、なぜ動機づけ面接による対話で実現できるのかについて、もう少し説明します。
動機づけ面接は、依存症からの回復支援の過程で見出されたという経緯からも明らかなように、相手の心理的健康の程度を問いません。不機嫌だったり、やる気がなかったりしても問題となりません。そしてビジネスコーチングのように具体的な事前契約も必要ありません。日常の会話の中で相手に気づかれることなく実践できるからこそ、その精神(姿勢)を対話という行動で表現することが可能なのです。
職場でも部下や同僚から、ちょっとした仕事上の悩み相談をされたり、愚痴をこぼされたりといった経験はあるでしょう。そういったときに単なる慰めや雑談的な会話でなく、動機づけ面接を活用した対話をすることで、サーバントとしてのリーダーシップを発揮することができるのです。
「会話」と「対話」にはどのような違いがあるでしょう。会話は特に方向性はありません。天気の話のようにお互いのコミュニケーションの潤滑油のようなものです。他方、対話は話し手によって意図された方向性があります。安斎勇樹・塩瀬隆之氏の『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション 』(注3)ではコミュニケーションを4つに区分しています。
1 討論 どちらの立場の意見が正しいか決める話し合い
2 議論 合意形成や意思決定のための納得解を決める話し合い
3 対話 自由な雰囲気の中で行われる新たな意味づけをつくる話し合い
4 雑談 自由な雰囲気の中で行われる気軽な挨拶や情報のやりとり
話し手がちょっとした雑談として話しかけたとしても、聴き手のあなたが導きたいと思って対話へと自然にシフトすればよいのです。動機づけ面接の中核技法には、①開かれた質問、②是認、③聞き返し(正確な共感)、④要約があります。これらのスキルを使えば、話し手がどんな問題状況に困っているのかを理解し、どんな気持ちや価値観から動けなくなっているのかを話し手の内的準拠枠で言語化できるようになるでしょう。
簡単なようですが、人は無意識に自分の価値観や内的準拠枠で解釈し発言してしまいます。そうすると相手が話を聞いてくれなかったとか、説教されたと感じ、不本意な結果につながりかねません。動機づけ面接の中核技法を活用した対話なら、同情や説教でなく、相手に共感した対話と、相手の成長につながる方向へ動機づけが可能です。
動機づける方向性を決めるのは聴き手です。だからこそ相手の福祉向上を願う動機づけ面接のスピリットとサーバントの精神(姿勢)が必要であり、導くための羅針盤となるサーバント・リーダーの「理念・信条・方針」が必要なのです。
(注3)安斎勇樹・塩瀬隆之(2020)『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』学芸出版社