第三章「邂逅」
母が亡くなった翌日、男ヲオト大迹は一日中「神の天柱」の崖の上に立ち続け、「雄島」を見つめていた。喪屋で母振振媛の殯を務めあげ、身の回りの整理を済ませると、男大迹は坂井致福を連れて三尾角折君の館に身を寄せることにした。
致福は振媛が近江に嫁ぐときにも従い、男大迹が生まれてからはそのまま側に仕えている。角折では三国を離れるための準備を進めているが、何をすればいいのかは決めかねていた。いずれにしても年が明ければ三国を離れ、自から試練を求めて自分自身の定めを見極めていこうと心に決めている。
そのようなある日、三尾角折君の磐足が男大迹に、こう話しかけた。
「太杜よ、三国を離れるにあたっては先に坂中井に赴き、堅楲君に身の振り方を尋ねよ。必ずそなたにとって良き道を示してくれよう。それと、稚子はあらたまったことは控えているが、そなたの嫁ぞ。三国を発つ前にどうか労わってやってほしい。媛を頼む」
男大迹は坂中井に赴くことは心積もりをしていたが、稚子媛については、幼馴染の感覚だけで、妻としてどう接すればよいのか戸惑いの表情を見せていた。角折に暇をとる日の近づいた暮れの二日間、男大迹は周りの勧めで稚子媛と共に過ごした。媛とは幼いころから親しく過ごしてきたが、媛は年上で少しばかり勝ち気な性格だった。
初日は二人ともぎごちない会話を交わすだけで時を過ごしたが、二日目は年上の稚子媛の拙い誘いに任せ初めて夫婦としての夜を過ごした。男大迹十五歳、稚子媛十七歳。まだ若い二人であった。
雄略九年、乙巳(西暦四六五年)元旦。年明けの挨拶を済ませ、旅立ちの支度を整えると、男大迹は角折君の磐足と稚子媛に見送られながら、致福とともに角折を発ち坂中井に向かった。稚子媛への愛おしさは覚えたが、どのようなわけか分からぬが特に未練は感じなかった。三尾の館において、年初の寿ぎを述べる男大迹に向かい堅楲君は、
「太杜よ、いよいよ三国を出るか。それならば、まずは息長の真手王を訪ねてみよ。息長はそなたにとって三国の外では得難い身内であろう。真手王には我れからそなたの身の振り方について良き導きをすでに頼み込んでいる。そして、治水の技を修めたいとの願いも伝えてある。王の計らいを頼ってみよ」