小畑と呼ばれた男は、真っ直ぐ教官の方へと近づいた。

教官の間合いに入った瞬間――。

教官は小畑との間合いを詰め、姿勢を低くして足払いをかけてきた。始めの掛け声も、互いに礼を行う事も無い。戦いは始まった。小畑はその巨漢に見合わぬ身軽さで宙に浮かび、教官の脚をかわした。

教官は空振りした脚の勢いのまま旋回し、着地する小畑の足首めがけて逆の脚の(かかと)を繰り出した。小畑は足を縮めて着地を一瞬遅らせ、それを躱した。そのまま後方に転がる。

教官がその後を追う。起き上がる小畑に向けて、拳を繰り出す。

小畑は、立ち上がった瞬間に襲ってきた拳を腕で受け止め、手首を返してその腕を掴むと同時に教官の逆の腕に手を伸ばす。両腕を掴んだ瞬間に足を畳に打ち付け踏み込み、目にもとまらぬ早さで旋回。教官の身体を巻き込んだ。

背負い投げ――。

教官の身体は、畳に背から叩きつけられた。

一本。

そう。普通の柔道であれば、これで勝利だ。しかし小畑はすぐに教官を押さえにかかるべきだった。教官は受け身の体勢から間を置かずに畳の上で下半身を跳ね上げ、掴んだままの大男の腕を脚で絡め取った。

腕ひしぎ逆十字固め。

小畑が苦悶の呻き声を上げる。(こらえ)えきれずに、教官の脚をタップした。教官は技を解く。小畑は、腕を押さえながら後ずさり、畳の縁で一礼して着席した。

「いいか! 実戦では相手が何をしてくるか判らない。反則だと訴えても、認めてくれる審判はいないんだぞ! 相手が動ける内は気を抜くな!」

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