その日は、実践形式の格闘訓練が行われると言われ、恭子は皆について行った。戦闘部員は勿論だが情報部員も参加が義務付けられ、不定期に突然招集されていた。
恭子は、この日が初めての参加だ。元々、此処に集められた戦闘部員は、格闘技に精通した人物ばかりだ。柔道インターハイ優勝者。空手有段者。それらの人物が、更に銃の扱いを覚えた上で、実戦に出ている。
しかし、格闘技の有段者と言えど、あくまでルールの範囲内での実績であり、スポーツとしての実力だ。実戦には反則負けという結果は無い。どのような手段でも、相手を倒した者が勝者だ。この訓練では、その点を徹底的に覚えさせられる。
そして、この訓練の教官となる男が曲者だった。あらゆる格闘技の禁じ手を熟知し、体得していた。金的、喉への貫手、目つぶし。格闘技の経験がある者程、この教官の攻撃には対応出来なかった。
武道場へは、全員スーツ姿のままで集められた。急な招集という事もあるが、実戦で道着を着用している事などあり得ない。それが、教官の言い分だ。道着や戦闘服より動きづらいのは言うまでもない。
全員、畳の上に正座して整列していた。正座したまま五分程経った頃。静まりかえった道場に、戦闘服姿の精悍な顔つきをした、五十代位の男が入ってきた。
部屋の空気が変わった。この男が教官のようだ。局員には禁じた戦闘用の服を、自分は着用している。教官は腕組みしたまま全員を見渡し、目が合った男の名前を呼んだ。
「小畑」
「はい」
名前を呼ばれた男は立ち上がった。立ち上がると、その男の巨漢さが際立った。教官の背丈は、この男の胸程しか無い。いきなり組み手を行うようだ。準備運動も、訓練内容を告げる事も無かった。