体調が良く、家に居られる時間があったとしても、それは「寛解」ではなく、次の治療への「休養」ということなのだ。枕元のスモールライトを点けて、和枝はノートに書き付けた。

《これだけ元気に過ごせるのは、一体いつまでだろう。これからどれだけ遥の力になれるのだろうか。あの子に何を残してやれるのだろうか。

廉は独りになっても元気にやってくれるだろうか。仕事も続けてくれるだろうか。遥にいつか子どもが産まれたとき、誰が助けてくれるのか。

足の悪い廉を誰が面倒見てあげるのだろうか。「毎日を大切に生きることの積み重ねだよ」と言われるけど、私には先の生活の不安しか浮かばない》

十二月十一日、三クール目の点滴治療最終日、高井先生から今後の治療方針について二点説明があった。十一月のCT画像でがん細胞が小さくなったことが確認でき、さらに以前はがん細胞に包まれる形で隠れていた気管支が少し見えるまでになっていた。

ネダプラチン+ナブパクリタキセルの効果が着実に現れている証拠で、次回一月八日からの四クール目も同じ薬を処方することになった、という話。

もう一つは、以前から話題に上っていた国立G研究所に送った和枝の細胞についての詳しい検査報告だった。

「ちょっと専門的な話ですが」と、高井先生が前置きしたので、廉は理解できるかはともかくメモした。

《肺腺がんの場合、必ずEGFR遺伝子変異とEML4-ALK融合遺伝子を検索する。これらが陽性ならば分子標的薬という内服薬の抗がん剤を使うことが可能になるためだ。

一方、和枝の肺扁平上皮がんでは特徴的な遺伝子がまだ解明されていない。ただごく少数だが、EGFR遺伝子変異とEML4-ALK融合遺伝子が陽性となる例が報告されている。

和枝の場合、ほぼ100%喫煙者にしか起こらない扁平上皮がんになぜ彼女が罹ったのか、その理由が分からなかったので国立Gセンターで遺伝子検索を行った。

その結果、EML4-ALK融合遺伝子が陽性という結果が出た。要するに今後、和枝の治療に分子標的薬であるザーコリ、アレセンサを使用できることになった。これは和枝にとって治療の選択肢が増えたわけだからプラスに考えても良い》

分子標的薬はがん細胞を狙ってアタックするので、正常細胞へのダメージが少ない。しかも内服薬で、外来で投薬できるので、ベッドに拘束される従来の抗がん剤治療とは大きくイメージが異なっていた。

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