坂中井から帰って五日後、振媛の容態が急変した。男大迹は傍らにつきっきりで看病するも、すでに望みの持てない状態であった。
病状を聞きつけて堅楲君が駆けつけ、寝所に横たわっている振媛の手を握り、男大迹にも聞こえるように、こう声をかけた。
「しっかりせよ、我が娘の倭ヤマトを太杜に嫁がせ、のちには我が後を任せようと思っている」
振媛はその話を聞き、かすかに笑みを浮かべ静かに眼を閉じた。そして、堅楲は男大迹に向かって、
「しばらく三国を離れることを許す。ただ必ず帰って来よ。我れも倭も待っているぞ」と告げた。
男大迹は堅楲の眼を見つめ、そして深く頭を下げて感謝した。
そのまま二人に看取られながら、その夜更けに振媛は安らかな顔で息を引き取った。
〈我れは崖から投げ出されたとき、天から新たな生を授けられた。母の命、堅夫の心まで奪って生かされている。今後、天は我れに試練を与え生きるに適う務めを強いてくるだろう。道が分かれた時は、より厳しく辛い道を選んで進み、己の正しい定めを試そう〉と心に堅く決め、男大迹は新しい道を目指すことにした。
晩秋が訪れた越の空は昏い雲に覆われ肌寒い日であった。