三、男の欲
「それで、願いを叶えてあげたんですか?」
「あぁ、しかし、どうしたものかと思って悩んだわ。しばらくようすを見て考えていたら、奴は成長するにつれ目の奥に我欲をちらつかせおった。そこで、ちょいと彼の行く末を先まわりして見てきた」
「行く末? 未来ってことですか?」
老婆は「そうじゃ」と当然のようにうなずいた。
「したら、邪欲を甲冑にした鬼人になっていたわ。天子を殺し、自欲のためにこの国の支配を終えようとしたとき、身近なサムライたちに殺されてたわ。天下どころか〈後世に災いをなす〉と、サムライたちはその者の名前はもちろん、存在そのものを〈無〉にしたんじゃ。まぁ、死んで当然の人間になってしまったからのぉ。じゃが約束は約束だ」
純一は、神と名乗る老婆の言葉を、頭のなかで丁寧に整理した。
「じゃあ、その天下を取りたいと言った男の願いごとはどうなったんですか?」
「だから、そうなる前に消えてもらいました。最善の死に方で」
「え! 死んだんですか」
「私は、いい答えだと満足している。消えてもらったことによって、今のあなたたちの時代でも語り継がれているからのぉ。そう、彼の名を語らなければ歴史を語れなくなっている、まさに天下人。未来がある限り歴史も存在する、永遠に天下人というわけだ。たしか名前は……」
「歴史のはじめに登場する天下人といえば、信長?」
「そう! 織田信長といった。魅力的だが、優しくない男だった」
「じゃぁ、お婆さんが明智光秀を」
「あぁ、そうじゃ。明智の体を借りてみんなで信長を殺しに行った。信長は哀れだったぞ。涙流して命乞いをしてな。まぁ欲に負けた人間の最後なんてそんなもんじゃ。首をはねられて寺といっしょに燃やされたわ、ゴミのように」
純一の教わった歴史は〈織田信長は本能寺とともに燃え尽きた〉だけだ。初めて聞く歴史に「えっ!」となるのも無理はない。
「旦那さんに言いたい。数百年前のことなんて、見ていない人間らにわかるわけないじゃろ。今の時代なら映像が残るが、ニホンオオカミが国中にいた時代だぞ。まあ、今の日本人が知っている歴史の、だいたい十あるうち二が本当のことかな。でも『敵は本能寺にあり』は事実。私が言ったんじゃ。正確には『本能寺にいる』だ、ハハハ」
普通ならこの時点で〈ヤバい人〉とすぐにその場所を離れるが、純一はこの突拍子のない話のつづきが知りたくなっていた。