三、男の欲
「見えたよ! ピンク色で刺繍が入っていた……信じられない」
純一は神と名乗る老婆に瞠目した。彼のなかで老婆が少し神へ近づいた瞬間だった。
「信じていただけましたか。神ならこの程度のこと、簡単にできるんですよ」
「でもどうやって?」
「ちょいと、少年の体を借りた。あの子は女性の年の離れた弟だ。体に乗り移ったときにその者の人生がわかるんじゃ、信じてもらえたかな」
「……まぁ、信じるというより驚きましたよ」
「なんと! まだ信じていただけないみたいですね」
「信じてあげたいですけど、そう簡単には……」
「そうだ、ここで会ったのもなにかの縁かもしれません。なにか願いごとをひとつだけ、叶えて差しあげましょう」
純一は「ん~」と困った表情で、「ドラマでのありきたりのパターンですね」と言った。
「でも、それが叶えば、本当に私が神だったということでしょう。ただし、死んだ者をそのまま生き返らせるとかは無理じゃからな」
純一は驚いた。
「えっ! 神様ってなんでもできるんじゃないんですか?」
「そこじゃ! 人間の図々しいところは。だから人間は愚かなんじゃ!」
なぜだかこのとき、老婆は怒りを込めた語気とは対極の、悲しい表情をしていた。
「すみません。たしかに人間は困ったときの神頼みって神社に行きますからねぇ。困ったときに『あー神様』って言うし」
老婆は急にスイッチがオンになったように笑いだした。
「ハハハハ、たしかによく聞こえてくるわ。そういう奴はまだ自分でなんとかできるものよ。バカらしいから無視するがのぉ」
純一はなんとなく感じた。老婆は人間に呆れている。それを察したのか老婆はよいよいと微笑んだ。
「で、どうじゃ。なにかあるか?」
「急に言われても、いっぱいありすぎて思いつきませんよ」
「それもそうか、失礼した。では、こうしよう。今度会ったときにその答えをいただこうかのぉ。そして、願いを叶えよう」
純一は半信半疑の「本当ですか?」を老婆にかえす。
「本当じゃとも。私も神としての誇りがあるから、信じてもらえないままこの国を去れん。ただし、願いごとを叶えるのに、条件があるがのぉ」
純一は咄嗟に新手の商法だったのか! 条件と言ってなにかを売りつけるつもりか! と勘ぐるが条件は意外に簡単なことだった。