心のなかの杭

就職してから、やっと九十日が過ぎた。このあいだ、俺がなにか技能を身につけたかというと、まだなにもできないのだが、前より些細なことで怒られることが増えた。たとえば、買い物のお釣りが足りない、車から持っていく材料を間違えているなどなど、以前はこんなに怒られなかったのにと思うのは、多分、俺の思いすごしではない。ある朝、それまで社長と反りが合わなかった職人が辞めていった。

(あの人をクビにして、納期に間に合うんだろうか)

毎日、見ていたメンバーだったので、俺でも心配になった。また次の日に会社に行くと、今度はやっと現場を回せるようになった、中堅どころが五、六人辞めていた。

(この会社大丈夫かよ)

そして、それから一週間後ぐらいに、社長に呼び出された。

社長が言った。

「坂本、キミ明日から来なくていいから」

は? わけわかんないよ。さすがに黙っていられなかった。

「理由を教えてください」

社長は、俺の仕事が遅いからとか、ほかのみんなとうまく交われないからなどと、それなりの理由を言った。生まれてきて最大のピンチ、どうすればいいんだ。社長は俺にクビを告げるとにべもなかった。一度も俺のほうを振り向かずに、外へ行ってしまった。

その日の仕事の指示をなにも受けていなかったから途方に暮れて、とりあえず寮のあるボロアパートに帰った。アパートの管理をしているおじさんは、もう知っていたみたいで、「坂本くん、明日から三日以内に次の部屋を探して、出て行ってくれや。気の毒だけど」と、すまなそうに言った。このとき初めて、この人の話し声を聞いた。

朝いつも、俺が出社するときには、まだ来ていない。そして帰ってきたとき、「お疲れ様です」とか、「ただいま帰りました」と言っても、言葉は返ってきたことがなかった。