弐
裕美は、運転手に小学校近くに来たところで指示を出した。
「あ、ここでいいわ。ありがとう。気をつけて帰ってね」
と言うと、運転手が、「あ、社長、お帰りはどうなさいますか」と聞いた。裕美は、
「帰りは、一旦家に戻るから、また、マンションに来てもらおうかしら。その時に、また連絡するわ」
そう言いながら、裕美は人目につかないように気をつけながら車を降りようとした。その時、たまたま子供のママ友と出くわしてしまった。ママ友から、「あら、こんなところで」と言われてしまう。
「どうされたの、こんな立派な車で来られるなんて」
裕美は少し焦りながらも、努めて平静を装い、「実は子供が怪我をしたので学校から呼び出されたんだけど、どうしようかと思ってたら、丁度会社に来られてた取引先の社長さんが車を使っていいって言って下さったので、甘えさせていただいたの」と言い、すぐに、車の運転席に向けて、「本当に助かりました」と慌てて告げた。ママ友には、「それでは学校に急ぎますので」と伝え、立ち去ろうとした。
そこに、運転手が、「あ、社長、鞄をお忘れです」と声をかけた。ママ友は驚き、一旦は背を向けていたところ、すぐに振り向いて裕美を見た。裕美はまた焦りながら、「何をご冗談をおっしゃってるの。あ、これね。ありがとうございます」と鞄を受け取り、立ち去ろうとする。
ママ友は、「えっ? 社長って?」と言い、ポカンとしている。裕美は、「嫌ですわ、あの運転手さん、別所さんっていったかしら、冗談ばっかり言うのよ。『どうせ呼ぶなら偉い方がいいでしょ、名前間違えると、すごく怒られるけど、社長って言っておけば、誰も文句言わないし、みんな喜んでくれるんです、だから、みんな社長って呼ぶんです』、なんて言うのよ。変な人でしょ。そういえば、売れない芸人って言ってたような気がするわ」
ママ友も、「でも、あれじゃあ、芸人では、売れないわね」と答え、ホホホホと二人で大笑いして、裕美は、冷や汗をかきながら、その場を立ち去った。
学校では、佑介の担任の高山先生が待っていて、状況を説明するが、母の服装に違和感をもっている様子である。高山は聞いた。
「その制服、何か、サイズも合っていないように見えますし、それがお勤めのスーパーの制服なのですか」
「ええ、実は、会社に行ったら私の制服が破れかけていて。ここ、このお尻のところとか、胸のところも。これじゃあ皆さんに不快な思いをさせてしまうじゃあないですか」
高山は、心の中で、(そうでもないですよ)とつぶやいた。
「それで、たまたま今の制服にモデルチェンジする前の型のが余ってたので、その古い制服で間に合わせようと思ったら、こんなサイズ違いで。でもこれしかないから、まあいいかって。どうせ、私は、経理で内勤なので、制服が違っても問題ないみたい」
とごまかす。そして、「佑介はどうですか」と聞いた。佑介がやってくると、額に包帯を巻いていた。高山は、「佑介君は、サッカーの練習中にヘディングを失敗して、頭をぶつけてしまったようで」と言い、佑介は、「靴がひっかかって、ヘディングがそれて、林のやつと頭同士がぶつかっちゃったんだ」