【前回の記事を読む】総勢約70名のお年寄り…「老人ホームのエレベーター」の憂鬱
空気について
どの施設でも病院でも、中は常時一定の温度(24℃~27℃位)に設定されており、パジャマ姿でも廊下を歩ける位の常春~夏温度です。Tシャツ一枚で過ごせ快適と言えば快適です。
自分は暑がりなので、年中何枚かのTシャツを着まわしての普段着姿。秋冬になるとセーターを着こんだ方々は「寒くないの?」と心配してくださる。むしろ密かに白い目で見られているようでもあります。
「あの人、年中半袖でおかしいんじゃない?」
「服買わなくていから、安上がりでいいね。洗濯が簡単でいいね」
なんて言ってくれる人もいます。ここで私は完全に変わり者。体質の違いにすぎないのですが。何よりも痛切に感じるのは、施設内では何かとても大切なものが感じられません。外気の香り、そよぎ、風の速さ、渦になっているか? 一方向に流れているか? 何色に光っているかも肌に感じられないし、風の道が見えないし、季節感が全く感じられないのです。
「春のような温かさの一日」と聞いても「そう」と思うだけで、皮膚感覚、体感なしで、ピンときません。まるで身体全体がラップ・フィルムに覆われてしまっているようなのです。時々外出(病院や自分の家に行くとき)する際、車に乗り下りするとき、ほんの束の間、外気に包まれる瞬間、春は梅の花、秋は金木犀の花の香りが漂ってきたりすると、生き返るような気がして胸が一杯になります。特別な機会がないと味わえない素敵な瞬間です。
しかしこのような施設に入った以上、めったに「外の空気が吸いたい」などと言えません。風邪を引けば、施設側の責任になり迷惑をかけることになります。ここに入所するとき、「自由」「自己責任」を担保に入れて、引き換えに身体介助を頼む訳です。そっと真綿で包まれているように管理され、安全に(怪我をしないようにと)守られているような、逆にそれが束縛される不自由さになり、そんな状態を我慢しなければならない所は介護施設です。