【前回の記事を読む】常時一定の温度。快適な介護施設内で失った「大切なもの」とは
会話が弾む人
年をとって一番楽しいのは、幼な馴染み(小・中・高)と同じ時代(昭和20~60年代)の空気を共有してきた友達に会って、気心の知れた話をする時間。あるときはランチをしながら、又美味しい紅茶とお菓子でお茶しながら時間を忘れておしゃべりをすることです。皆下心も、利害関係も、猜疑心も全くない素敵な人柄の持ち主ばかり。
「ゴッホ展に行ったの、いつだったっけ?」
「2年生のとき?」
あれ、これで通じてしまう「あ、うん」の仲で話題はどんどん広がり、それぞれの近況、面白かった本、出合った人、旅の話、美味しい話、俳句の話、世間のことなど、話題はあちこち面白いほど弾んでしまいます。最後は涙がでるほどの大笑いで「またぼけないうちに会おうね」と別れます。
会話が弾むって、自然に身につくものだと思っています。我々の時代(昭和30~70年代)には、スマホもパソコンもゲームもなかったので、友達になるには顔と顔を付き合わせて「話」をするしかありませんでした。ときには誤解があったり、喧嘩したり仲介役になったり、仲直りをしたりしてお互いを理解しようと心を悩ませました。人を理解することがいかに難しいかも分かってきました。
今で言う「コミュニケーション」能力ですが、これは特別に学ばなくても、皆立派に互いの気持ちをえ、心を通わせていました。世の中には臆病な人、引っ込み思案の人、おしゃべりな人など色々ですが、私たち皆、話ができない場合でも立派に良い文章が書けました。喧嘩して気まずくなった友達から後になって手紙をもらい、一層仲良くなった友達もいます。小学校では作文の時間があり、読書日記、夏休みの日記、クラス日記、手紙などで文章を書く機会は沢山ありました。
時代は変わり、今はスマホ、パソコンで指先を動かすだけで文章が書けてしまいます。はっきり言えることは、自分の手を使って文字を書かないと、折角覚えた文字(漢字)を忘れてしまうし、書いても綺麗に書けなくなります。文章は、ゆっくりと時間をかけて書かないと、心のこもった文は書けません。丁寧で綺麗な手書きの文字で書かれた手紙をもらって喜ばない人っているかしら?
老人ホームに入るとき、何か読みたい本を持って行くことをお勧めします。時間はたっぷりあるのですから、長編小説をじっくり時間をかけて読むことも、老人ホームならでこそできます。本を読んで考えたことなどを話し合える友達が見つかると、きっとこの寂しいホームも楽しくなります。
なかなか話し相手は見つからないかもしれません。無理に友達を見つけようとせずご自分で、何か興味をそそられるものを探してください。友達って磁石のように、お互いが惹かれあって成立する関係です。片思いもありますが、お互いが楽しくなければ続きません。
パソコンを使えれば「アマゾン」で本はいくらでも検索・購入できるし、翌日手元に届きます。