【前回の記事を読む】旅先で…思い切って声をかけた「女性が泣いてしまった」ワケ
白に赤い花柄のブラウスの女
玲子は人間不信、男不信については直接答えず、結婚したいと思った男の気持ちを次のように言った。
「レールの上を走るのをやめて自分の考えで走るって……。すみません。私が言い出して悪いけど、今日はここまでにして。気持ちを整理するのにまだ少し時間が必要だから」
この言葉とともに私の手を取って何事もなかったように再び八月踊りの輪に入った。私は玲子の闇の深さを知ったように思った。なお、のちに玲子の人間不信、男不信の内容を知ることに。
さて私は踊りの合間に出される振る舞い酒やあてで心身ともに癒された。この心地よさの中でも、玲子が言った男のことが気になる。
結婚したいと思う男の前にも男がいたのか……? それとも同じ男か、男不信って何だ、次から次に疑問が湧いてきては消えた。それも酔いとともに『玲子が結婚したいと思った男の気持ちを聞いてみたい。大学時代にかかる麻疹なのか心の叫びなのか』と思い自分に重ねて感情が昂った。
ここで玲子がまた話しかけて来た。
「山田さん、楽しんでる。私はハッピーだよ。この踊り私の田舎のよさこい踊りとリズムが合ってる。踊っていると心が軽くなるね。もうどこかに飛んで行ってしまいそうだよ」
「そう、それはよかった」
人間不信、男不信のことが気になり、よく言えば冷静に悪く言えば冷たく返した。でも思い直して、ここで思わず一歩踏み込んで話しかけた。
「玲子は大学で日本文学史を学んでいるんだ。そしたら卒業後はどうするの」
初めて玲子を呼び捨てで呼ぶ。
「作家、うふふ……嘘です。出来れば地元、高知県の銀行に就職したいと思う」
「そうか結婚前の社会経験、花嫁修業かな」
「そのつもりだった。でも相手がいないから考え直さないとね」
「私にばかり喋らせないで真も喋って。卒業後どうするの」
玲子も私の下の名前を呼び捨てで初めて呼んだ。
「今の会社で働くのが楽だけど……。そうしたいのか、全く分からなくなった。一時は先生になることも考えたけど、気の合ういい仲間を不用意な言葉と身勝手な態度で怒らせて、人間関係で自信を失くしたからもう一度考え直す。でも……」
と言葉を濁した。勢い込んだ割には、こんなたわいのない話になったが、一緒にいるだけで楽しかった。
途中で踊りを抜け出し玲子を旅館「南海荘」に送り、ねぐらにしている喫茶店3階の宿兼物置小屋に戻る。小さな窓を開けて満天の星を見ながら眠りにつく。
港に船が入ったのか、地元の人が新民謡という“与論島慕情”が【青い海原、きらめく珊瑚 ハイビスカスの花も咲く 夢にまで見た与論島 夢にまで見た与論島 ……、百合ヶ浜辺で拾った恋は アダン葉陰に咲いて散る 帰りともない与論島 帰りともない与論島】と流れていて、ゆったりしたメロディーは子守唄になった。