そして空港での出来事
次の日、9月9日(日)。玲子の出発は空港15時30分。朝8時にバスセンターで待ち合わせた。玲子が好きな秋名回りのバスで龍郷に出て、そこから“ばしゃ山”に寄り空港に向かう計画を立てていた。それは二人の思い出のコースだった。
定刻に玲子が現れバスに乗った。峠を越えて海岸に出て海沿いを走る。秋名に着き下車して砂浜に向かった。争うように靴を脱いで裸足になって海に入って、小さな熱帯魚を追いかけ回して遊ぶ。私たちはまるで子供だった。
ここは何時も風の強いところだが、今日はそれが弱く、蘇鉄の自然林も陽に照らされて輝いて見え二人の別れを見守っているようだった。
ここで玲子が「真、次にここで私に逢う時、私は大島紬を着たいと思うけどどう思う」と聞かれ「ミス奄美にでもなるの、色黒ですらっとした玲子には似合うと思うけど……」と口ごもった。
「奄美の思い出として真に見て欲しい。昨日、読んだ本に、ここ秋名には“秋名バラ”という柄があって、車輪梅と泥で染めた黒い地糸と絣糸を使用して、黒の格子柄に十文字を交差させた模様なんだって。落ち着いた雰囲気が特徴で、味わいのある深みと上品な華やかさを演出しています。て書いてあった。このイメージ、私にぴったりだと思うよ。新しい出発のために」と満面の笑みで言った。
私の気持ちを確認するような玲子の勢いに押された。
「分かった。玲子が望むなら頑張る。だから必ずここで逢おう」
私は覚悟を示し、玲子は大きく頷き二人で海岸を散歩するが、決意を示すかのように無言。バスが来て龍郷経由で最後の目的地“ばしゃ山”に向かった。
このリゾートの名物にもなっている大きなガジュマルの木に登って海を見ながら話した。
「玲子さんの夢って何ですか」
敢えてさん付けで聞いた。秋名の海で少し二人の距離を縮め過ぎたと思い間を取った。心が揺れていた。
「田舎で幸せな結婚をして子供を育てること」
「高知でないと駄目ですか」
「別に高知でなくてもいいんですが、そこならよりいいと思う」
「それがいいですね。陰ながら支援させてもらいますよ」
「支援てどういうこと。逃げるの?」
「それはこれから考えます」
このようなことを私と玲子がぽつりぽつりと交互に喋った。これが精一杯の問いかけだった。この時二人は既に奄美では恋愛感情に移行しないという暗黙の了解をより堅固にしている、と私は思っていた。