【前回の記事を読む】ひきこもりの高校時代…少年の「パラダイス生活」は突如潰える
救命救急
アパートの隣の部屋の奥さんに、病院の場所を尋ねた。なんとなく、母さんが頭の病気になったことは言っちゃいけないような気がして、黙っていた。
ここからバスと電車を乗り継いで、五十分ほどかかるその病院は、お世辞にもキレイとは言いがたかった。まだ人に聞くのがためらわれて、受付あたりをうろうろしていた。
そこへ年配のナースが現れた。
「坂本さんですか?」
気圧されるように俺は、声も出せずに首を激しく上下に振った。緊張でのどはカラカラで、手汗がびっちょりだった。
「ちょっと一緒にきてくれる?」
そう言ってすごい速さで、ナースは俺の前を早歩きで行ってしまった。遅れないように見失わないように、俺も小走りになって付いていくのがやっとだった。
救命救急と書かれたカーテンで仕切られた部屋に着いた。
(おい、待ってくれ。まだ心の準備が……)
戸惑っている俺にお構いなしで、ドクターらしい人の部屋に連れていかれた。母さんがベッドに横たわっていた。
そこにいたのは、俺の知らない母さんだった。顔色が真っ白で、左半身だけがバタバタと激しく動いていた。
医師が言う。
「坂本さん、今から話すことをよく聞いてね」
もう心臓が爆発しそうだ。
「お母さんは脳梗塞です。これを見てください」
CTの画像を見せられた。そこに写った母さんの脳は、右半分が真っ白になっていた。
「もう、手の施しようがない。あとは本人の生命力に任せるしかないんだ」
「え? え? 今なんて? 母さんは死んじゃうの?」
声にならなかった。再び医師が言う。
「坂本さん、失礼だけどお父さんは?」
「僕が小さい頃に離婚して、今はどこに住んでいるのかわかりません」
消え入りそうな声で答えた。
「誰か大人で、二人の身元引受人になってくれる人はいませんか?」