【前回の記事を読む】「どうしても納得がいかない」恩師が語る、救命現場の実情とは

スキャンダルの真相

「あなた、一一九番通報をしてください。あなたは、AEDを持ってきてください」

幼い男の子が、水上と一緒に心肺蘇生の練習をしている。男の子から指示を受けた水上が、訓練用のAEDを準備する。二人の様子を見守りながら、菅平が男の子の母親・谷川(たにがわ)(しずく)と話している。

「……それで、お父さんは助かったんですね?」

「はい。あのとき、救命の連鎖のすべてがうまくいったと、お医者さんに言われたんです」

雫の父親は、一年前に路上で突然卒倒したらしい。呼吸や脈拍もない状態で、突然の心停止に多い「心室細動」という、心臓が震えるような状態になる不整脈を起こしていた。幸い、通行人によってすぐに心肺蘇生が実施され、近くにあった交番から警察官が駆け付けてAEDによる電気ショックをしたところ、救急車が来た時には呼吸と脈が回復していたとのことであった。

「それ以来、父はこの子を連れて、あちこちの消防署を見に行くようになって、息子もすっかり消防ファンになってしまって」

雫が目を細めて見た先には、息子の伊吹(いぶき)が小さな手を組み、一、二、三、四……と胸骨圧迫を続けていた。マネキンの硬い胸は、幼稚園児の力では圧迫に必要な深さである五センチも沈んでいなかったが、伊吹の一生懸命な姿に思わず菅平も頬が緩んだ。

「オレンジ服のレスキュー隊や、大きいはしご車の隊員さんじゃなくて、なぜか、救急隊さんのことが大好きになってしまったみたいなんです」

伊吹が母親の元に戻ってきた。

「ママ」

「ぼく、このお兄さんみたいに、かっこいい救急救命士になる!」

伊吹に指を差された水上は、自分の左胸に「救急救命士」の表示がないことを谷川親子に気づかれないように、そっと右手で隠した。

応急手当の普及啓発も、救急隊の重要な任務です。心肺停止の傷病者を救命するためには「救命の連鎖」が重要であるといわれています。心停止の予防、心停止の早期認識と通報、心肺蘇生やAEDなどの一次救命処置、医療機関で行われる二次救命処置の一連の流れが鎖のように繋がることが救命に奏功するといわれています。

米国シアトルで高い救命率を誇るのは、救急車に乗務する「パラメディック」の知識技術の高さだけでなく、市民に対する応急手当の普及や緊急通報を受けて救急車を指令する「ディスパッチ」の教育、消防隊員による緊急度の判断などが効果的に行われているためです。