トリアージ
あなたは、爆発事故に最先着した救急隊です。次のうち、誰を一番初めに搬送しますか?
①十五歳女性。意識レベルJCS一桁。呼吸三〇回/分。手足のしびれ。パニック状態。
②二十歳男性。意識、呼吸なし。
③三十歳女性。意識、呼吸は正常。妊婦。両下肢の骨折で歩行不能。
④四十歳男性。意識レベルJCS二桁。呼吸、脈拍は正常。命令に応答しない。頭部外傷。
⑤六十歳女性。意識清明、呼吸三〇回/分。橈骨動脈は触れない。激しい腹痛。
机の上に広げられた地図の上に、方面本部の係長が紙の人形を置いていく。
今日は、方面本部が主催する救急巡回指導の日である。東京消防庁では、地域ごとに十の方面に分かれており、舞子が所属する渋谷消防署は、目黒区・世田谷区の消防署と一緒に第三方面に所属していた。方面本部には救急担当の係長が配置され、消防署の救急隊の教育を行っている。
今日は、第三方面本部の狭山係長が、救急隊指導医の斑尾を連れて、渋谷消防署に「多数傷病者発生事故」の教養に来ていた。救急隊指導医は、普段は救命救急センターで診療を行っているが、月に数日、本庁にある災害救急情報センターに待機して救急隊に指示を出す業務を行っている。
「あなたは、誰を最初に運びますか?」
狭山係長が受講者を次々に指名していく。
「④か⑤だけど……スタート法のトリアージだと、①も赤になっちゃうなあ」
「重症頭部外傷より腹腔内出血のほうが緊急性は高いから、⑤だろう」
「⑤かなあ」
「五人だけだったら、回復の見込みは厳しいけど、衆人環視を考慮して②を先に搬送するっていうのもありかなあ」救急隊員たちがざわついている。「はい、いろいろな意見が出たところで……」
狭山係長が解説に入る。
「皆さん、大切なのは、何を根拠に判断をしたかということです。救急隊の数に対して、傷病者の数が多すぎる場合、消防力は劣勢です。その時は、一人ひとりに時間をかけてはいられません。まず、スタート法でトリアージをして……」
スタート法というのは、Simple Triageand Rapid Treatment Triageのことで、救助者に対し傷病者の数が絶対的に多い場合、歩行の可否や呼吸、脈拍など簡便な観察で優先順位を決める判定基準だ。
「……次にPAT法、つまり、生理学的解剖学的評価法で再評価していきます」
狭山係長はひと通りの解説をした後、さらに尋ねた。
「①から⑤の傷病者、それ以外に、救急隊の活動について考えた人はいますか?」
「ハイッ」
舞子は挙手をして答えた。
「私が再先着の救急隊だったら、どの傷病者も搬送しません。再先着の隊は、最も現場を把握しています。トリアージを行って、後着の救急隊に搬送を任せ、自分たちはこの災害の指揮本部と連携して、現場の救急活動の統括を行わなければなりません」
「……若いのに、よく勉強していますね」
「ありがとうございます」