プロローグ
二月。
「コン、コン」
大学の研究室のドアをノックする音が聴こえる。
「はい、どうぞ」
ドアを開けると、不安そうな顔をした学生が立っている。
「先生、ゼミの相談に来ました」
「どうぞ、ここに座って」
私は、お世辞にも整理整頓されているとはいえない研究室の角テーブルに学生を招き入れる。
「先生、私は消防機関で働く救急救命士を目指しています。それで、消防の救急隊で現場経験のある先生のゼミに入りたいと思うのですが」
「そう?卒業研究のテーマは、どのような課題を考えているの?」
「いや、正直言って、何も思い浮かばないです。でも、今月中にゼミの担当教員を決めないと、履修ができなくなっちゃうんです」
「確かに、私は救急隊の現場経験があるけど、だからといって、それだけで大切な卒業研究の指導教員を決めるのは良くないよ。卒業研究の指導をお願いするなら、自分が研究してみたい分野を専門にしている先生に指導してもらった方がいいと思うよ」
「卒業研究のテーマ、先生が研究されている『救急業務の現状と課題』のこと、もっと知りたいですし、考えてみたいんですけど、自分たち学生は現場のことがよくわからないから、あんまりピンとこないんですよ」
私は、学生に一冊の本を渡す。
「まずは、これを読んでみて」
「『東京スターオブライフ』ですか?」
「うん。君たちのような、『救急現場に興味があるけど、実際はよくわからない』っていう悩める学生に、少しでも現場の様子をわかってもらいたいなあと思って、書いてみたの」
「参考書ですか?」
「参考書だと思って読むと、物足りないかも。最新の医学的知見が書いてあるわけでもないし」
「小説ですか?」
「小説だと思って読むと、専門用語や説明文が多くて、面白くないかも。それに、各章ごとに私の思いをコラムにして書いているし」
「エッセイですか?」
「エッセイって言うほど、感想を述べているわけでもない」
学生は不思議そうに、その本を手に取った。
「いのちの現場で、一生懸命、頑張っている人たちがいるんだっていうことを、もっとみんなに伝えたい。ただ、それだけの本です」