それはすでに暑くなりはじめた七月初旬のことだった。いつものように寝ぼけまなこでゲームのレバーを握っているとき、突然けたたましく固定電話が鳴った。
母さんはとっくに携帯電話だったし、家には携帯を二台も契約する余裕はなかった。それにもともと社交的でなかった俺は、さほど携帯電話がほしいとも思っていなかった。
思えば、俺に電話がかかってきて、長電話した記憶もない。固定電話の着信音を聞いたのは、何年ぶりだろう。ふだん寝ているときにかかってきたら、無視していたところだ。その電話は、俺の耳にはふだんと違って聞こえた。
「はい」
相手は女性の声で早口だった。ぶっきらぼうに電話に出た俺に、相手は一気にまくし立てる。
「坂本さんのお宅ですか? あなたは息子さんですか? お母さんが職場で倒れて、救急搬送されました。命の危険もあるので、至急病院へきていただけますか?」
あまりにも急で事態が飲み込めない。
「え? え? なんですか? もう一度説明してくれますか?」
俺にはまったく話の内容が入ってこなかった。
「私は沢口病院の救急外来の者です。お母さんが頭の病気で運び込まれました。すぐにきてください」
「え? どういうことですか?」
なおも問う俺に対して、今度はヒステリックな声で、「いいから早くきなさい」と言うと電話は切れた。
頭のなかが真っ白だった。病院の場所も定かではない。大人だったら、タクシーの選択もあるのだろうが、俺はタクシーの呼び方も知らなかった。